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お奉行さま、「おぬしも、悪じゃのう」・・・

犯科帳

 岩波新書にはロングセラーが少なくない。本書『犯科帳――長崎奉行の記録』もその一つ。1962年の初版だが、2018年10月に23刷。半世紀以上にわたって読み継がれている。

 著者の森永種夫さんは1906年、長崎生まれ。東大国文学科を卒業後、長崎県立図書館に勤め、長崎純心女子短大教授などを務めた郷土史家。すでに95年に亡くなっている。

145冊が見つかる

 犯科帳というと、誰もが思い浮かべるのは池波正太郎の『鬼平犯科帳』だ。江戸を舞台に火付盗賊改方の長谷川平蔵が活躍する。単なる捕物帳にとどまらない、情のあるドラマとして今もテレビで再放送され人気だ。

 物語のネタ本になっていると思われるのが、江戸時代の奉行所の判決記録「犯科帳」だ。誰がどういう悪事を働いて捕まったか。刑の内容はどのようなものだったか。

 本書は、長崎の奉行所に残っていた犯科帳の記録だ。特徴は二つある。まず、江戸年間の犯科帳がまとまって現存しているのは長崎だけだということ。途中で記録が処分されたり、火災で焼失したり、何かの理由で行方不明になったりで、江戸を含めて全国各藩ではごく部分的にしか見当たらない。

 ところが長崎については、たまたまだが、17世紀中ごろから約200年間の「犯科帳」145冊が廃藩置県後もそっくり残り、明治期は警察の倉庫に保管され、さらにその後、長崎県立図書館に移されていた。それを1954年、同図書館で資料管理を担当することになった森永さんらが掘り起した。

登場する犯罪は約8200件

 最初は通読、その後、面白くなり精読、これは大変な史料だということで熟読したという。文部省の補助金も得て61年に全11冊の研究者向けの史料本として刊行した。本書はさらにそのエッセンスを新書の形でまとめたものだ。

 江戸時代は、幕府の法制に準拠して各藩で法が執行されていた。長崎の詳細な犯科帳を見ることで、当時の犯罪処理の「全国ルール」を確認できる。江戸時代を通した記録がそっくり残っているということは、日本の法制史研究の面からも大きな意義があったと刊行史料は刑法学者からも高く評価されている。

 さて、本書の二つ目のポイントは「長崎」だということ。登場する犯罪は約8200件。そこに出てくる犯罪には他藩にはない長崎らしさがある。

 大船を仕立てて密輸を企てる商人。出島・唐人屋敷に出入りする遊女を操って舶載の品を買いあさろうとする商人。オランダ通詞の立場を利用して出島で商いをした男、唐人に銅銭を密売した男などなど。当時、日本唯一の国際都市だった長崎で、関係者が密かに我先に利権を漁ろうと、逞しく暗躍している姿が浮かび上がってくる。ちょっとした「魔都」の雰囲気だ。

原本の「浄書」に7年

 本書によれば、裁く側も「おぬしも、悪じゃのう」だったという。奉行は、今でいう地裁の所長と県警本部長を兼ねたような存在といえる。江戸幕府から交代で長崎に赴任していた。俸禄のほかに別の実入りがたっぷりあったらしい。

 まず長崎奉行には、唐船蘭船が海外からもたらす品物を原価で得られる特権があったという。そうした商品を大阪商人などに売って懐を肥やす。舶載品を扱う地元の商人などからの献納金もあった。いわゆる「ワイロ」だろう。カネが潤沢になればいろいろと派手になる。長崎の遊女を江戸まで連れて帰るような不届きな奉行もいたという。のちに奉行の長崎出発の日には、一切の女性の旅立ちが禁止されたそうだから、幕府の耳にもやりたい放題ぶりが届いたのだろう。

 本書のもとになった11冊の史料本は刊行までに7年かかっている。その多くの時間は、虫害や湿気で傷んでいた原本の「浄書」に費やされたという。今ならコピーやスキャン、高感度の写真撮影などハイテクで処理される。しかし昭和30年代ごろまでは、昔ながらの手作業だった。このくだりを読んでいて、奈良時代の「経師」のことを思い出した。手作業による大量の「写本」をつくることが仕事だった。同じような作業が1200年余り、昭和の中ごろまで連綿と続き、先人の史料が残されてきたということに、特別な感慨があった。

 関連して本欄では、『出島遊女と阿蘭陀通詞--日蘭交流の陰の立役者』(勉誠出版)、『潜伏キリシタンは何を信じていたのか』(株式会社KADOKAWA)、『江戸の古本屋』(平凡社)、『江戸の目明し』(平凡社)、『蘇る鬼平犯科帳』(文藝春秋)なども紹介している。

  • 書名 犯科帳
  • サブタイトル長崎奉行の記録
  • 監修・編集・著者名森永種夫 著
  • 出版社名岩波書店
  • 出版年月日1962年1月21日
  • 定価本体860円+税
  • 判型・ページ数新書判・202ページ
  • ISBN9784004131083
 

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