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オリンピック前なのに、どこか東京は疲れている

平成の東京12の貌

 本書『平成の東京12の貌』(文藝春秋)は、月刊『文藝春秋』が「50年後の『ずばり東京』」と題して2018年8月号から2019年1月号に連載したルポルタージュから、主に東京に住む人々の暮らしや意識の変遷を描いた12本を選んで加筆・修正したものだ。

開高健へのオマージュ

 タネ本になった『ずばり東京』は、作家の開高健がオリンピックを控えて高揚する時期の東京を描いたルポルタージュの名作。50年後に12人のノンフィクション作家が描いた東京は、どこか疲れた貌をしている。

 それぞれのタイトルと筆者を挙げると、なんとなく平成末期の東京の雰囲気が伝わるだろう。

 ゴジラとタワーマンション 髙山文彦
 保育園反対を叫ぶ人たち 森健
 虐待と向き合う児相の葛藤 稲泉連
 東大を女子が敬遠する理由 松本博文
 「ラジオ深夜便」のある生活 樽谷哲也
 エリートが集う「リトル・インド」 佐々木実
 はとバスは進化し続ける 小林百合子
 八丈島の漁師と青梅の猟師 服部文祥
 いまどき女子は神社を目指す 野村進
 新3K職場を支えるフィリピン人 西所正道
 将棋の聖地に通う男たちの青春 北野新太
 JR貨物「隅田川駅」のいま 長田昭二

 評者は稲泉連さんが足立児童相談所を訪ねた「虐待と向き合う児相の葛藤」が印象に残った。

 子どもの多い家庭で虐待が疑われるケースでは、「兄弟姉妹を一人ずつではなく、必ず全員が揃っている状態で確認する」のが原則だという。2013年に3歳の男児をペット用のケージに監禁して死亡させ死体を遺棄した「うさぎケージ」事件が教訓になった。「きょうだいが一人、いなくなっているのではないか」という小学校からの通告で立ち入り調査をしたが、暗い中でうまく子どもたちの確認が出来なかった。布団の中の一人はマネキンだったことが逮捕後に判明した。

 都内でも地域によって問題の傾向も異なるという。港区などの都心では、少年・少女の家出、タワーマンションの多い地区での受験をめぐる家庭内トラブルも多いという。西側の多摩では、山梨や神奈川など他県の児童相談所で問題になっていた家庭の「流入」が目立つそうだ。

学校名隠す東大女子

 社会学者・上野千鶴子さんの入学式の祝辞が話題になったばかりの東大をルポした松本博文さんの「東大を女子が敬遠する理由」も興味深かった。

 「東大は、関東のローカル大学になってきている。しかも女子が少ない。受験生そのものが偏っているんです」という瀬地山角・教養学部教授のコメントを紹介している。関東圏出身が6割を占めているという(「東大学生生活実態調査」2014年)。地方の公立出身で、浪人はダメと言われているような女子を増やしたい、と語っている。「女が勉強してどうする」という構造的差別が今も地方ではあるという。

 経済状況が厳しくなり、家から通えるところにという地元志向が強くなっている。晴れて東大に入った女子学生は東大だと明らかにすると面倒が多いので、駒場キャンパスに通う教養学部生の場合、「渋谷の方です」とか「井の頭線沿線」とこたえてぼかすこともあるという話を紹介している。

 テーマが多彩なので、どこでも興味をもったところから読むことができる。それにしても50年前、一人で『ずばり東京』を書ききった開高健の間口の広さと旺盛な筆力は脱帽ものだ。もっとも昭和から平成になり、東京の抱える問題が多岐にわたるとともに複雑になり、ある程度専門性をもった書き手でないと深く掘り下げることができなくなったという事情もあるだろう。

 本欄では東大女子にかんして『東大を出たあの子は幸せになったのか』(大和書房)、『ルポ東大女子』(幻冬舎新書)を紹介している。  

  • 書名 平成の東京12の貌
  • 監修・編集・著者名文藝春秋編
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2019年1月20日
  • 定価本体980円+税
  • 判型・ページ数新書判・317ページ
  • ISBN9784166612031
 

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