読むべき本、見逃していない?

地方は本当に「楽園」か?

  • 書名 豊かさ幻想
  • サブタイトル戦後日本が目指したもの
  • 監修・編集・著者名森正人 著
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2019年3月28日
  • 定価本体1700円+税
  • 判型・ページ数四六判・302ページ
  • ISBN9784047036697

 平成最後の週末。平成は「失われた30年」とも言われるが、なにを失ったかというと、「経済成長」とか「生産性」とか「豊かさ」とか、そんなことばを人々は連想するのだろう。

風景の意味が変化する

 本書『豊かさ幻想』(角川選書)は、開発、発展、生産性ということばが、日本において豊かさや幸福とどのように結びつけられてきたかを考察した本だ。

 この手のテーマだと経済成長に疑問を唱える一部の経済学者や評論家の本が書店にもあふれている。ところが著者の森正人さんの専門は文化地理学で、三重大学教授。

 高度経済成長期の日本の風景は「特定の価値観で作られたものであることが分かる」という。高層ビルの風景、石油化学コンビナートの風景は理想的な風景とされ、他方で、農村や漁村の風景は前近代的なものと否定された。また高度経済成長の風景は全国で見られたわけではない。国土総合開発法での指定地域、太平洋岸ベルト地帯(懐かしい!)と呼ばれる一定範囲の空間の特定の場所に限られた。それ以外の空間や場所は「豊かさ」から取り残され、日本海側は差別感のある「裏日本」ということばで一時期まで呼ばれた。

新聞社主催の展覧会が「豊かさ」教える

 本書の第2章「アメリカ的豊かさと展示される事物――空間の地政学」は、森さんの著書『「親米」日本の誕生』(角川選書)にふれ、「日本がアメリカ的なイデオロギーを日常生活のさまざまな事物を介して受け入れていったことを明らかにした」という。そしてアメリカ的豊かさの展示場として1950年のアメリカ博覧会、55年の原子力平和利用博覧会について詳しく取り上げている。前者は兵庫県西宮市の西宮球場とその外園で開かれ、朝日新聞社主催。アメリカ製のさまざまな電化製品と生活品が展示され、その豊かさを日本人に印象づけた。

 後者は東京・日比谷公園で読売新聞社と米国大使館が共催。放射性物質を遠隔操作する「マジック・ハンド」が一番の見世物で、原子力の平和利用、つまり原子力発電の将来性をアピールした。二つの展覧会が朝日新聞社、読売新聞社という大メディアによって領導されたことに注目したい。

 さらに第3章「国土開発、産業化と豊かさへの確信――空間の文化・政治・経済学」、第4章「道路開発と豊かさへの幻想――国土空間のネットワークと物質化」、第5章「性と生――家族計画と身体空間への介入」、第6章「物質的豊かさと収奪される身体空間」という構成。マクロな国土空間からミクロな身体へと論が展開する。各章とも新聞や雑誌、広告などのメディアが「豊かさ」を広める機能を果たしたことを検証している。序章で、大から小のベクトルに視線が向かった意図をこう説明する。

 「開発指定されたり資本が投下されたりして工業地帯となった空間では、自然と身体が収奪された。国土空間での開発や豊かさのイデオロギーは、身体という空間に作用していく。女性の身体は家族計画の名のもとに産む空間として管理される。労働者の身体は使い捨て可能な空間として疎外され収奪される。そして発展から取り残された第一次産業労働者の身体は、公害によって損なわれていく。国家からコンビナート、身体へと至る空間のスケールもまた入れ子状に関わっている」

コンビナートの夜景のとらえ方

 高度成長期には「発展」の象徴とされた石油化学コンビナートのまばゆいイルミネーション。しかし、公害の深刻化によって自然破壊のシンボルとなり、いままた「工場萌え」のファンが「夜景クルーズ」に行く観光資源となっている。第7章「港都四日市の輝ける未来と公害――イデオロギー装置としての風景」は、イデオロギーによって風景のとらえ方が変化しているさまを皮肉に叙述する。

 評者はだいぶ前に三重県四日市市のコンビナート周辺を取材したことがある。そこで奇妙な建造物を見た。1970年の大阪万博のオーストラリア館だ。白いアーチが印象的なパビリオンだった。姉妹都市の縁で終了後、四日市に移設されたのだった。高度成長期のシンボルが場違いな場所にあり違和感を覚えた。いま調べると、2014年に解体された、とネットの「廃墟」サイトにあった。風景はたえず変化する、というのも地理のもう一つの側面である。

 本書を読んで、あるテレビ番組のことを連想した。テレビ朝日系で土曜日午後6時から放送している「人生の楽園」のことである。都会から地方の農山村や漁村に移住した夫婦が楽しく第二の人生を送っているという内容で視聴率も高い。特にシニア層で人気だ。だいたいが空き家になっている民家を安く借り改造して住んでいる。高度成長期には「貧しさ」を体現してきた地方のムラが、いま「楽園」という風景に「見えている」ということだろう。ここにはどういうイデオロギーが作用しているのだろうか。地方が豊かに見えるのだろうか。

 個々にはうらやましい限りであり、ムラの限界集落化を少し食い止める効用もあると思う。だが、そうしている間にも地方の人口減と衰退は加速化するばかりだ。

 著者は終章「『昭和』を終わらせる力に抗して」で、自らも在籍する地方国立大学の現状について、こう書いている。「現在の地方国立大学は卒業生の地元への一定以上の就職率が求められ、それが達成できなければ予算の削減も検討されている。この場合の『地元』とは当該大学のある県内である。学生の職業選択の自由も、地方国立大学の財源も、敗戦後の内務省や経済企画庁の人口と産業の均等配置政策の失敗、さらに省庁の補助金獲得に専心し、自らの発展を目指そうとしなかった地方自治体の犠牲になっている」と厳しく批判する。

 著者はほかに、『戦争と広告 第二次大戦、日本の戦争広告を読み解く』(角川選書)、『四国遍路 八八ヶ所巡礼の歴史と文化』(中公新書)、『ハゲに悩む 劣等感の社会史』(ちくま新書)などの著書をもつ。「地理学」の応用範囲は意外なところにあると思った。

 本欄では地理関連の本として、『地図の進化論』(創元社)、『新宿「性なる街」の歴史地理』(朝日新聞出版)、さらに大阪府立大総合科学部で人文地理を専攻した芥川賞作家、柴崎友香さんの「地理小説」『千の扉』(中央公論新社)などを紹介済みだ。地理の間口は本当に広い。

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