読むべき本、見逃していない?

「それでは行って参ります」・・・

  • 書名 ある若き死刑囚の生涯
  • 監修・編集・著者名加賀乙彦 著
  • 出版社名筑摩書房
  • 出版年月日2019年1月 8日
  • 定価本体840円+税
  • 判型・ページ数新書判・223ページ
  • ISBN9784480683427

 死刑囚歌人というと、最近では連合赤軍の坂口弘死刑囚が知られている。しかし、さかのぼれば、何人もいる。本書『ある若き死刑囚の生涯』(ちくまプリマー新書)の主人公、ペンネーム純多摩良樹もその一人だ。

 1943年、山形県生まれ。68年に横須賀線爆破事件を起こして逮捕され、75年に死刑が執行された。その20年後の95年に作家の加賀乙彦さんら関係者によって歌集『死に至る罪』が出版された。没後40数年、このほど加賀さんが純多摩良樹について書いた評伝が本書だ。

死者1人、重軽傷10数人の大惨事

 父はレイテ島で戦死。母子家庭で生活は苦しかった。中学を卒業したら鉄道員か無線通信の学校に行きたかったが、母は授業料を払えぬと言い張り、住み込みで大工の見習いになる。なんとか一人前になって東京で一人暮らしを始めた。

 そして幼馴染の女性と再会、良い仲になる。ただし女性はすでに結婚していた。ほどなく別れ話が進む。ちょうどそのころ嫌な夢を見た。女性が自分の同僚と横須賀線を使って密会しているという夢だ。そこで、短時間でも横須賀線を止めて驚かせてやろうと急に思い立ち、菓子折りに爆弾を入れて電車の網棚に置いた。それが爆発して死者1人、重軽傷多数の大惨事になってしまう。

 純多摩は手先が器用で火薬も扱えた。その他の物証もあって容疑者として浮上し、あっさり捕まる。本人は軽いいたずらのつもりだったらしいが、被害が大きすぎた。スピード裁判で死刑が確定した。

 ここまでが、純多摩が死刑囚になるまでの簡単なヒストリー。驚かすための爆弾とは、ちょっと常識外れだが、それまでにも仲間内で、何度か似たような手口で花火爆弾のようなものを作り、喝采を浴びたことがあったらしい。手先が器用すぎたことが災いした

短歌に「獄舎」「独房」「死刑」は不要か

 短歌との出会いは偶然だった。70年末になって雑誌「信徒の友」の短歌欄に、軽い気持ちで投稿したら採用されてしまったのだ。生まれて初めて書いた文語文。それは「戦争が起こらねば父は在りしとて 人らも母も我れに教えき」という歌だった。掲載首が載った雑誌を見ていると、予想外の嬉しさが込み上げてきた。初めて作った歌が編集者に認められたからだ。

 こうして純多摩は和歌にのめり込んでいく。新聞の短歌欄にも投稿した。

「水溜(たまり)に映る死囚の影淡し その影さへも風にさゆらぐ」(71年8月1日の読売新聞)
「面(おも)知らぬ父よ黎明の獄窓にわが想ふ姿となりて映りぬ」(71年7月11日、朝日新聞)

 それぞれを高名な選者が取り上げ評している。次第に純多摩の獄中生活は短歌づくりが中心になる。獄窓には同じような仲間がいた。短歌に「獄舎」「独房」「死刑」「死囚」などの言葉を使うべきか、避けるべきか。運動場に出たときなど、議論することもあった。純多摩は、17文字の俳句では字のむだづかいになるが、31文字の短歌では、必要に迫られているなら使える、という立場だった。

一首一首の短歌を辞世の歌として詠む

 本書は、著者の加賀乙彦さんが89歳になり、身辺の片づけをし始めたことがきっかけになっている。ある日、スチール製の引き出しを開けたら、「純多摩良樹」と記された書類が見つかった。本人が書きとめたノートや、加賀さんにあてた手紙類が出てきた。歌集を出したいという彼の頼みは実行していたが、さらにこれらの資料をもとに純多摩の評伝を書いてみたくなった。それが本書だ。本人の語りおろしの形式で、途中からは、日記風になっている。

「自分が日本の歌人の1人として名前をとどめるようなことができれば、少し自分の寿命が延びるような気がしてうれしい」(71年11月9日)
「私の精神鑑定医である福島章先生より、大岡昇平の『レイテ戦記』差入れていただく。・・・現在の私のあらゆる勉強を一時停止して『レイテ戦記』に傾けよう。レイテ島で死んだ父を思うべし」(72年4月24日)

父を詠んだ歌も掲載されている。

「父あらばあるひは犯さぬ罪なりと死を待つ部屋に思ふことあり」
「戦死せし父は写真にのみ知りしわれなり面差しうすらぎてゆく」

 実際に加賀さんとの交流が始まったのは74年に入ったころからだった。加賀さんは東大医学部を出た精神科医でもあり、犯罪心理学が専門。戦後の一時期、東京拘置所の精神科の医務技官も務め、多くの死刑囚の相談相手をしてきた。初めて純多摩に実際に会ったのは75年4月。その年の12月5日には死刑が執行されている。

 本書には純多摩からの最後の手紙も掲載されている。「とうとう私に<お迎え>が参りました。数時間後の旅立ちに備え、こうしてお別れの筆を執っている次第です」という書き出しで始まる。「私は一日一日の生活の中で生まれた、一首一首の短歌を辞世の歌として詠んできたつもりです・・・」。そして「それでは行って参ります」「福島章先生には、くれぐれもよろしくお伝え下さるようにお願いいたします」で終わっている。

 本欄では関連で『恩赦と死刑囚』(洋泉社)、『死刑 その哲学的考察』(ちくま新書)、『筧千佐子 60回の告白』(朝日新聞出版)、『人殺しの論理』(幻冬舎新書)、『サリン事件死刑囚 中川智正との対話』(株式会社KADOKAWA)、『オウム死刑囚 魂の遍歴』(PHP研究所)、『死刑囚 永山則夫の花嫁』(柏艪舎)、『最終獄中通信』(河出書房新社)なども紹介している。

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