読むべき本、見逃していない?

セックスレスに悩む主婦。自問自答と妄想の果てに?

  • 書名 奥様はクレイジーフルーツ
  • 監修・編集・著者名柚木 麻子 著
  • 出版社名株式会社文藝春秋
  • 出版年月日2019年5月10日
  • 定価本体620円+税
  • 判型・ページ数文庫判・256ページ
  • ISBN9784167912734

 「私、欲求不満でどうにかなっちゃうかも」――。柚木麻子さんの本書『奥様はクレイジーフルーツ』(文春文庫)の帯に書かれた台詞に釘付けになった人は、セックスレスに悩む主人公と同じ境遇にいるのかもしれない。

 程度の差こそあれ、人に言えない想像や妄想を膨らませることは誰しもあり、その中身はたいがい本人の胸にしまっておくものだろう。登場人物のそんな秘密の内面を覗けることは、読書の楽しみの1つだと思うが、本書の主人公はあまりにも妄想力がたくましく、ここまで覗いていいものかとハラハラした。

夫婦仲は円満なのにセックスレス

 本書は「西瓜のわれめ」「蜜柑のしぶき」「苺につめあと」「グレープフルーツをねじふせて」「ライムで半裸」「林檎をこすれば」「柚子の火あそび」「ピオーネで眠れない」「桃の種はしゃぶるしかない」「柿に歯のあと」「メロンで湯あたり」「よそゆきマンゴー」の12の連作短編が収録されている。タイトルはすべて、カラフルで瑞々しいフルーツに、エロティックな想像を掻き立てる言葉が添えられている。

 主人公の初美は三十歳、結婚して三年ほどになる。職業はアクセサリーデザイナー。夫の啓介は三十五歳、職業は女性誌編集者。初美は、夫とのセックスレスが長期化していることに悩み、欲求不満が募っている。

 同級生と二人で飲んでキス、義弟相手によからぬ妄想、乳がん検診を受けた女医に発情、マンションのベランダでの半裸姿を向かいの浪人生に覗かれてムラムラする......。初美が「禁断の果実」にいまにもかじりつきそうになる状況が度々起こる。しかし、あと一歩のところで初美は思いとどまり、官能小説風の展開には至らない。

「一番の問題は、セックスしなくても、夫と初美がとても仲良く、楽しく生活している点かもしれない。歩くときは必ず手をつなぎ、お風呂は一緒に入り、ハグもキスも欠かさない。」

「一体いつになったら夫とのセックスは再開するのだろう。......互いを大切にし、仲良く暮らしているのに一体どうしてなのだろう」

 初美と啓介の夫婦仲は決して冷めておらず、むしろ円満だ。それなのに、セックスだけがない。どうしてもつながるところまで至らない。初美は数々の自問自答を繰り返すうち、「かすかな前進だけで満足してもいい」と思うようになっていた。

 そこに啓介の「ごめん。僕さ、初美と家族になりすぎちゃっているんだと思う」のひと言。普段は互いに性について感情をあらわにすることはないが、時に二人はぶつかり合う。なんともリアルな夫婦のやりとりが描かれている。

安定とセックスは両立できる?

 初美の豊満なボディに、極度の欲求不満と来たら、もう禁断の世界へ足を踏み入れてしまいそうなものなのに、そうしない。

「官能やときめきと引き換えに手に入れた、この爽やかな幸せを味わいつくそう。そして、身体が満たされないまま人生が目減りしていく焦燥感を、口の中の氷と一緒に溶かしてしまおう」

 初美はにがい思いを抱えながらも、心と時間を夫に注ぎ、いつかまた関係を結べるようにと切に願い、行動する。

「もしかすると、すべては実りを待つようなものなのかもしれない。......いつしか花はゆるやかに開くのかもしれない」

 セックスレスの悩みは、親しい友人にも親にもなかなか打ち明けられるものではない。本書は、けなげに奮闘する初美がユニークな性格の持ち主であり、柚木さんの文体がまた笑いを誘う。一人で抱えていては辛く深刻なテーマだが、本書を読むことで、初美のようにここから先の夫婦関係に希望を見い出せるのではないか。

 著者の柚木麻子さんは、1981年東京都生まれ。立教大学文学部フランス文学科卒。2008年、女子高でのいじめを描いた「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞。受賞作を含めた単行本『終点のあの子』でデビュー。15年に『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。これまでに四度直木賞候補に選出されるなど、注目を浴びている。本欄では『デートクレンジング』(祥伝社)を紹介済み。

 本書は、2016年に文藝春秋より単行本として刊行され、今年(2019年)文庫化された。

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