読むべき本、見逃していない?

水戸黄門は隠居後に「殺人」を犯していた!

  • 書名 晩節の研究 偉人・賢人の「その後」
  • 監修・編集・著者名河合敦 著
  • 出版社名幻冬舎
  • 出版年月日2019年4月25日
  • 定価本体880円+税
  • 判型・ページ数新書判・312ページ
  • ISBN9784344985513

 晩節、と聞いて誰しもが思い浮かべるのは、2019年4月に起きた池袋の交通事故だ。87歳の男性が運転する乗用車が暴走、母子2人を含む12人が死傷した。この男性が旧通産省工業技術院の元院長など要職を務めたエリートだったことで、「晩節」が話題になった。

 本書『晩節の研究 偉人・賢人の「その後」』(幻冬舎新書)は、歴史に名を残す偉業を成し遂げた人物の晩年をたどる。期せずしてタイムリーな一冊、と言えるかもしれない。歴史作家の河合敦さんが様々なエピソードを軸に振り返っている。

家康は生涯現役に近い

 本書には小野妹子から昭和のコメディアン榎本健一まで30人が登場する。平清盛や源義経の最期についてはすでに知られている。明智光秀、石田三成などもおなじみだ。それでは、いわば「畳の上」で死んだとされる徳川家康(1542~1616)はどうだろう。

 元々「健康オタク」で、乗馬や鷹狩り、水泳などで体を鍛え、食事も贅沢をつつしみ、粗食を心がけていた。薬学にも関心をもって自分で薬を調合、「万病丹」「銀液丹」などと名付け常用していた。孫の家光が重病になった時は、自分で調じた薬を与えて回復させたというから玄人はだしだ。

 その家康も、鷹狩の帰りに、当時は珍しかったてんぷらを食べたのが仇になった。ちょっとした油断があったというべきか。腹を壊して寝込むようになってしまった。食中毒説もあるが、河合さんはその後も数か月間も生きていたので、胃がんではないかと推測している。

 家康は「腹の中に固まりがあるので、寄生虫にやられている」と自己診断し、医者の薬は拒否して自分で調合した虫下しを飲んでいたそうだ。もちろん効くわけはなかった。

 こうして、さしもの家康も臨終となるが、75歳まで長生きして晩年の10年で徳川時代の布石を完璧にした。どちらかといえば生涯現役に近い。本書の中では恵まれたケースと言える。

 河合さんは、「もし家康が秀吉と同じ62歳で死んでいたら、歴史は大きく変わったはず」と書いている。豊臣政権と同じく、徳川政権も崩壊していただろうというのだ。なぜなら福島正則や加藤清正など、秀吉の子飼い大名がまだ生きていたからだ。

一休さんや一茶のイメージが崩れた

 本書は「晩節」をタイトルにしつつも、偉人・有名人たちの余り知られていない人生の一面を教えてくれるので面白い。

 例えば子どもでも知っている一休さん。正式には「一休宗純(1394~1481)」という。とんちの得意な小坊主と思っていたら大間違い。この人は「性欲旺盛なエロ坊主」だったのだという。酒を飲み、遊郭に通い、残した詩集『狂雲集』には、女性器や美女とのセックスに関するものが少なくないそうだ。若い頃は二度の自殺未遂。異形のいでたちで知られ蓬髪・弊衣の禅僧。しかも刀を差して町中をふらついていた。鞘のなかにあるのは木刀だった。

 この風狂ぶりは、当時の腐敗して権力と結託していた禅宗へのあてつけの意図もあったそうだ。木刀は、役に立たない禅僧の象徴というわけだ。

 このように一休さんが大胆な行動を続けられたのは、もともと、北朝の後小松天皇の実子だったことにもよると河合さんは睨んでいる。母親は南朝・花山院一族の娘。南北朝のゴタゴタの時代である。お腹に一休を宿した母は宮中を追い出された。そこから一休の波乱の人生が始まる。88歳まで長生きしたこと自体が奇跡と言える。

 もうひとり、伝承とのギャップを痛烈に感じたのは小林一茶(1763~1827)。本書の小見出しがすごい。「晩年になっても一晩に5回も性行為」。52歳で初婚、28歳の妻を迎えた。当時の日記には「三交」という文字が出て来る。一晩の回数と推定されている。「五交合」という日もある。日記には山中に分け入って強精の薬草を採取したり、蛇の黒焼きを求めたりする記述があるそうだ。

 もっとも、生まれた子は次々と夭折、妻も早逝。また独りになるが、60歳を過ぎて連れ子のいる32歳の女性を迎える。大火で家を失い、土蔵暮らしの中、失意のうちに65歳で亡くなった。ところが奇跡的に妻は身ごもっており、一茶の死後に生まれた子は無事成人、小林家は存続したという。どこかで一茶の思いがつながったのかもしれない。

年間70回の講演

 こうして登場人物の一人一人を紹介していくときりがないが、最後に徳川光圀(1628~1700)。水戸黄門さん。この人もまた世間で流布している人物像と、実像があまりに違うので仰天してしまう。もちろん、諸国の行脚などしておらず、副将軍でもなかった。

 何よりも人生で二度も殺人を犯している。最初は若い頃に、度胸試しで。友人にそそのかされて浅草のお堂の下で雨露をしのぐ貧しい人をバッサリ。二回目は晩年、隠居してから。小石川の水戸藩邸で能興行が行われた時に、水戸藩の家老を楽屋で一瞬のうちに自らの手で刺殺した。理由は良くわかっていない。河合さんは「計画的殺人」と見ている。「好々爺」というよりも、老いてなお、怜悧な日本刀のような凄みを漂わせる「怖い人」のイメージが強い。

 これらのエピソードは歴史通にはすでに知られた話なのかもしれない。評者のような門外漢には新鮮な話が多かった。

 河合さんは早稲田大学の修士(日本史)を修了して都立高校で教えながら、文筆業に。膨大な数の歴史案内本を書いている。2013年に退職後はさらにテレビなどでも引っ張りだこだ。講演依頼も殺到している。年間70回程度にセーブしているという。これだけ面白い裏話のストックがあれば、引く手あまたも当然かなと思った。

 本欄では『東大教授がおしえるやばい日本史』(ダイヤモンド社)、『影の日本史にせまる 西行から芭蕉へ』(平凡社)、『上皇の日本史』(中央公論新社)、『武士の日本史』(岩波新書)、『流罪の日本史』(ちくま新書)、『図書館の日本史』(勉誠出版)、『飢餓と戦争の戦国を行く――読みなおす日本史』(吉川弘文館)のほか、河合さんの共著『この歴史、知らなくてすみません。――47都道府県・感動の日本史』(PHP文庫)も紹介している。

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