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働く人が「ファースト」じゃない働き方改革

企業ファースト化する日本

 明快なタイトルの本だ。『企業ファースト化する日本』(岩波書店)。副題がさらに補足している。「虚妄の『働き方改革』を問う」。

 本書は、政府主導の「働き方改革」を「虚妄」と断定する。それは働く人のためではなく、企業のために進められているものだと。このタイトルを見ただけで、顔をそむける人もいれば、激しく同意する人もいるだろう。

本当の利益享受者は「企業」

 「ファースト」という言葉は、小池都知事誕生時に「都民ファースト」ということで有名になった。トランプ大統領も「アメリカ・ファースト」を連発した。一時は大流行し、2017年の流行語大賞の候補にも上がったが、受賞しなかった。同賞のHPは「最近では『自分ファースト』な人たちがやり玉にあげられている」と、「ファースト」の意味が微妙に変わってきたことを指摘している。本書の「企業ファースト」というタイトルも、シニカルなものだ。

 一般に「働き方改革」に関する議論では、それが働く人のためになっているのか、いないのかという議論の立て方をする。ところが、本書はもう一人のプレーヤー、「企業」にスポットを当てる。そして、この働き方改革の本当の利益享受者は「企業」であって、働く人ではないということを浮かび上がらせるのだ。つまり、「働く人ファースト」ではないということ。このような大胆な割りきりによって、著者が主張したい「改革」の本当の意図を鮮明にさせる。本書のネーミングは、コピーライト的には優れたものと言えるだろう。

貧困ジャーナリズム大賞を受賞

 著者の竹信三恵子さんは東京大学を出て1976年に朝日新聞記者になり、経済部、シンガポール特派員、学芸部次長、労働問題担当編集委員兼論説委員。2011年から19年春まで和光大学現代人間学部教授をしていた。著書に『ルポ雇用劣化不況』(岩波新書)、『ルポ賃金差別』(ちくま新書)、『正社員消滅』(朝日新書)、『女性を活用する国、しない国』(岩波ブックレット)など。貧困や労働問題、関連する女性問題について詳しい。

 09年には貧困ジャーナリズム大賞を受賞している。大手メディア出身だが、手厳しく現状の問題点を指摘する論者だということが推定できる。つまりスタンスがはっきりしている。本書の内容は、出版元の岩波書店が下記のように簡略にまとめている。

 「『世界一企業が活躍しやすい国』を目指す安倍政権は、労働規制の大幅な緩和を推進してきた。そして、いま『働き方改革』の名のもとに、働く者の権利も、労働環境も、セーフティネットであるはずの公共サービスも、企業のためのものへと変質させられようとしている。危険な労働政策の実態と本質を暴き、働き手の対抗策を探る」

 第1章「『上限規制』という名の残業合法化」、第2章「差別を固定化させる『日本型同一労働同一賃金』」など6章に分けて最近の動きをまとめている。最終章では「『本当の働き方改革』の作り方」という題で「政策決定」などについての対案を示している。

「総賃金」を圧縮しようとする「企業意思」

 もちろん、改革を進める安倍政権の関係者にとっては言い分もあるだろう。だが、このところ日本の企業側が、かなり「追い詰められている」と感じるのは評者だけではないと思う。その結果、「働く側」に様々なしわ寄せがきていることは、しばしば報じられている。

 終身雇用や年功序列、ベアがゆらぎ、派遣が増えている。それもたいがい一定期間で雇い止め。ボーナスや昇給、退職金はほぼない。あちこちで下積みの外国人労働者の姿が異常に目立つようになった。「総賃金」を圧縮しようとする「企業意思」は明確だ。

 一方で企業側は社内留保を増やし、5月23日の日経新聞によれば、「自社株」買い増しに走っている。アベノミクスで金融緩和の笛を吹けど、ため込んだ金が新たな設備投資には回らない。日経がしばしば報じている「副業容認へ」という記事も、裏読みすれば、給料の不足は他所で稼げ、と言っているようにも受け止められる。

 関連して最近、驚いたことが二つある。一つは平成の時代は、消費増税などの税収が増えているのかと思っていたら減っているのだそうだ。神野直彦・東京大学名誉教授(財政学)は2019年4月23日の朝日新聞で「平成」の財政について「経済成長をめざして減税したものの、増収も成長もできず、社会保障サービスは抑制が続き、貧富の差が拡大した時代」と総括している。富裕層や企業の減税(政策減税)によって、経済活動が活発化し、低所得層にも恩恵が行き渡るはずという目論見が見事に外れた。国民所得に対する租税の負担率をみると、平成のピークは89年度、90年度の27.7%。その後は下がり、最近は持ち直したものの2018年度は24.9%だという。

日本人の「忠誠心」が崩れる

 もう一つは、「終身雇用」の持つ歴史的な意味合いについて。これは5月9日の朝日新聞の広告記事で再認識した。TBSの番組「報道19:30」の内容を先行して新聞広告の形で告知したものだ。聞き手はTBSの松原耕二キャスター。答えるのは『武士の家計簿』『日本史の内幕』などで知られる歴史学者の磯田道史さん。その中で磯田さんは、平成とは「400年に一度あるかないかの人間の社会的な曲がり角」と指摘している。

 磯田 江戸時代は副業アルバイト禁止。主君を2人持つのも御法度。あくまで一つの所属、一つの忠誠心、一つの収入ポケットを生涯通します。
 松原 これが崩れ始めたのが平成。
 磯田 そういうことになります。

 「働き方改革」はおそらく、日本社会の根幹を揺さぶるということが推測できる。400年にわたって日本社会を形作ってきた規範――雇用が保証されることで、忠誠を尽くす――それが崩れかねない。となると、「働き方改革」はもはや単なる労働問題、労使問題に留まらない。社会の有様そのものも変えることになる。この問題について考えるとき、特に大事な視点ではないかと思った次第。

 本欄では関連で『「働き方改革」の嘘――誰が得をして、誰が苦しむのか』 (集英社新書)なども紹介している。

  • 書名 企業ファースト化する日本
  • サブタイトル虚妄の「働き方改革」を問う
  • 監修・編集・著者名竹信三恵子 著
  • 出版社名岩波書店
  • 出版年月日2019年2月23日
  • 定価本体1700円+税
  • 判型・ページ数四六判・270ページ
  • ISBN9784000613187
 

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