読むべき本、見逃していない?

金正恩の執務室から届いた暗号ミッションとは?

  • 書名 三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録
  • 監修・編集・著者名太永浩 著、李柳真・黒河星子 訳、鐸木 昌之 監訳
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2019年6月15日
  • 定価本体2200円+税
  • 判型・ページ数四六判・492ページ
  • ISBN9784163910383

 「世紀の会談」とまで呼ばれたアメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩労働党委員長による史上初の米朝首脳会談は、2018年6月12日にシンガポールで開催された。あれから1年、なんの進展もないまま事態は推移している。ただ一つ、北朝鮮の核開発とロケット技術開発は着実に進歩しているということを除いて。

核開発を止めない北朝鮮

 「壮大な茶番劇だったのでは」と今、疑念を深めている人も多いだろう。本書『三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録』(文藝春秋)を読めば、それは確信となるに違いない。北朝鮮が核開発を止めることは決してない、と脱北した元北朝鮮外交官である著者は断言する。

 脱北した人による証言は数々あるが、この本の内容は超ど級だ。韓国では発売後、3週間で10万部を超えるベストセラーとなった。「金日成に憧れ、金正日に信頼され、そして金正恩を捨てた」という本書のキャッチフレーズがよく特徴を表わしている。

 著者の太永浩(テ・ヨンホ)さんは、1962年生まれ。外交官養成大学である平壌国際関係大学を卒業、88年に外務省(外交部)に入り、駐デンマーク北朝鮮大使館、ヨーロッパ局イギリス及び北欧課長などを経て、2013年から駐英北朝鮮大使館公使を務めていた。16年に妻子とともに韓国に亡命。亡命した北朝鮮外交官の中では最高位にあたる人だけに、本書で暴露している政権中枢の秘密は文句なしに面白い。

 北朝鮮が核開発に固執するのは、朝鮮戦争のトラウマだと指摘している。原爆が落とされるかもしれないと南に避難した国民は多かった。金日成は核兵器の心理的な威力を痛感し、核開発を決意したという。当時援助していたソ連も核開発は認めなかったが1956年、原子力発電技術を学びに行った物理学者らを受け入れた。実質的な核開発のスタートとなった。

 中国の毛沢東からも「核を持とうなどとは夢にも思うな」と牽制されたが、金日成は「朝鮮半島の非核化」を主張しながら、裏で開発を進めた。94年、金日成が亡くなる前にアメリカのカーター大統領と会談した成果は、「米朝枠組み合意」となり時間稼ぎに役立った、と著者は見ている。

金正日の実利外交

 金正日の時代になり、外交は理念よりも実利を取るものに変わったという。利益さえ確保できれば、理念に関係なく敵とも手を組むというものだ。だから、「北朝鮮外交が何を求めているのか、その戦略と目標が何なのかは表に出してはならない」「すべてを不透明に処理する」外交となった。

 したたかな北朝鮮外交と言われる理由について、著者は①生き残りをかけているので、強く出ざるを得ない②外交ラインが長く継続されるなど、外交官の専門性が重視されている③国家指導者は生きている限り外交と安全保障を担当するため、必然的に海千山千の「ベテラン」になる④粛清によって外交官が鍛えられる......ことを挙げている。政権が代わるたびに外交ラインが断絶する韓国とは、外交の質が違うのだ。

 叔父の張成沢(チャン・ソンテク)一派粛清事件についても、詳細な分析をしている。経済利権を握る張成沢は目障りな存在だったが、決定的な引き金になったのは「功を焦った保衛司令部の誤報告だった」という。人民武力省の外貨獲得機関「五四部」部長の張秀吉(チャン・スギル)は水産基地の利益を独占していたが、地元の軍の部隊からの要請を受けた金正恩は引き渡しを指示した。投資元の中国側との契約破棄を恐れた張秀吉は「平壌に行ってこの話をくつがえそう」と言って現地を去った。この言葉が政変でも企んだかのように拡大解釈され、張成沢の粛清にまでつながったという。

 金正恩は生年・学歴・生母を公式発表できないコンプレックスがあり、恐怖政治に走っていると著者は見ている。生母の高英姫(コ・ヨンヒ)は元在日朝鮮人で、さらに金正日の夫人と認められなかった「愛人」だった。こうした情報は韓国では知られているが、北朝鮮では伏せられている。

 暴露話が満載の本書だが、タイトルの「三階書記室」とは何か。アメリカではホワイトハウス、日本では内閣官房にあたるものだ。

 北朝鮮は、党、政府、軍、諜報機関が完全に縦割りで、各機関同士が横の連絡を取ることはできない。こうした全機関を結ぶ結節点が三階書記室であり、首領と直結している。

 駐英北朝鮮大使館公使のとき、著者に三階書記室から暗号で指示があった。なんのことはない。金正恩の兄、金正哲がお忍びでロンドンに行くので、エリック・クラプトンの公演チケット6枚を購入し、アテンドせよ、というものだった。このミッションはうまく行き、著者の長男もロンドン留学が認められ、「亡命するための最低限の条件が整った」と書いている。

金王朝の崩壊始まる

 最終章で著者は「金王朝の崩壊が始まった」と書いている。北朝鮮は金王朝の奴隷社会と化していたが、闇市場の拡大によって物流と情報が入り、洗脳は崩れ始めているという。経済制裁は確実に効果をあげているそうだ。

 このほかにも大韓航空機爆破事件の金賢姫(キム・キョンヒ)は平壌外国語学院の同窓生だったとか、大学では陸軍中野学校が教科書だったとか、興味深いエピソードも多い。

 最近、米朝交渉のニュースにしばしば登場する崔善姫(チェ・ソンヒ)第一外務次官も少年留学生に選抜された仲間だったという。彼女の父は金日成の全ての窓口となる責任秘書という大物。著者は有力な家の子弟ではなかったが、「身分」社会である北朝鮮の中枢を生き抜いてきた人物だ。著者のようなエリート層からも離反者が出たことに金正恩は怒り、またおののいていることだろう。

 本書は暴露的な内容のほかにも、ミサイル輸出をめぐるイスラエルとの極秘交渉や日朝平壌宣言の舞台裏など、この数十年の北朝鮮外交について詳細に記している。したたかな外交力の源泉がどこにあるかを教えてくれる。

 本欄では北朝鮮関連として、『北朝鮮 核の資金源――「国連捜査」秘録』(新潮社)、『脱北者たち』(駒草出版)などを紹介している。

オンライン書店で詳しく見る(購入もできます)

デイリーBOOKウォッチの一覧

一覧をみる

アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

当サイトご覧の皆様!

おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!

出版社の皆様!

御社の書籍も、
BOOKウォッチに
掲載してみませんか?

sub