読むべき本、見逃していない?

もしも自分が突然失明したら・・・どうする

  • 書名 いま、絶望している君たちへ
  • サブタイトルパラアスリートで起業家。2枚の名刺で働く
  • 監修・編集・著者名初瀬勇輔 著
  • 出版社名日本経済新聞出版社
  • 出版年月日2019年5月24日
  • 定価本体1400円+税
  • 判型・ページ数四六判・224ページ
  • ISBN9784532176624

 良い意味で表紙と内容の「ギャップ」がある本だ。表紙から目に飛び込んでくるのは、つるつる頭の「元ヤン」のような著者が自信に満ちた表情で語りかけてくる写真。その脇に『いま、絶望している君たちへ』(日本経済新聞出版社)という本書のタイトル。何かで成功した人物が、少年少女に人生論を説教する啓発本のイメージが強い。

 ところが中身を読むと、意外にも著者は大変な苦労人。学生時代に視力を失って絶望し、一時は死を考えたが、何とか持ちこたえて、今や2020年の東京五輪を目指すパラアスリートで起業家だということがわかる。つまり本書は、中途失明者が自ら書いた苦闘の半生記なのだ。

緑内障で左右の視力を失う

 著者の初瀬勇輔さんは1980年、長崎県生まれ。九州有数の進学校、青雲中高の出身だというから地頭はバツグンだ。実際、東大法学部をめざしていたが、3浪して中央大法学部に進んだ。

 苦難は浪人中に始まった。まず右目が緑内障になり、視力を失う。その時はまだ片方の目が見えていたので、それほど落胆しなかった。しかし大学2年の2004年、23歳の時に今度は左目の視力も衰える。手術したが、かえって悪くなって失明した。

「先週までの自分とまったく違う世界にいる。余りのギャップに、さすがに大きなショックを受けました」

 トイレの便座が閉じていることがわからず、そのままおしっこ。個室をピチャピチャにしてしまったときには、涙が出たという

 「ああ・・・俺、もう小便もまともにできないじゃん」。しかも、汚したトイレを自分できれいにすることもできない。

 中学時代は生徒会長もやったし、高校のときは柔道の県大会で3位になったこともある。大学ではそろそろ司法試験の勉強でも始めようかと思っていた矢先だった。いったい自分の将来はどうなっていくのか。しかも母ひとり子ひとりの母子家庭。

 「死んだ方がましだ。もう死にたい・・・」と口走ると、母がこたえた。「もう死んでいいけん。私もあんたと死ぬけん・・・」。母がどんな顔をしてそう言ったのか、見えないからわからない。ただ、自分一人の問題ではなくなっていることだけは理解できた。母も死なせることになる。とりあえず「死ぬのは一年だけ延期しよう」と決める。展望はまったくなかったが、一年だけ辛抱することにした。結果的にはこの判断が良かった。

北京パラリンピックに出場

 救いになったのは友人だ。何人かが献身的にサポートしてくれた。当時付き合っていた彼女が「何でもいいから、打ちこめることを見つけなよ。柔道をもう一度、やってみたら」とアドバイスしてくれた。そこで障害者柔道の門をたたく。これが幸いした。「意外といける」。畳の上なので段差がない。2005年の全日本視覚障害者柔道大会の90キロ級で優勝。13年まで同大会で9回優勝。08年の北京パラリンピックにも出場し、10年の広州アジアパラ柔道90キロ級では優勝した。現在は日本視覚障害者柔道連盟理事をつとめる。

 厚労省によると、日本には約32万人の障害者手帳を持つ視覚障害者がいる。その3分の2以上は弱視。初瀬さんは、周辺部の視力がわずかながら残るが、弱視のなかでは重い方だ。

 とにかく就職には苦労した。あちこちの会社に履歴書を送ったが、書類審査で落とされる。100社以上で落とされた。面接までこぎつけたのは2社だけ。そのうちの1社では人事担当者が「私は採用したいが、働ける部署がない・・・」。

 様々な障害者の中でも、視覚障害者の就職はハードルが高いという。移動もパソコン作業も人とのコミュニケーションも手助けが必要だ。障害者雇用促進法では、従業員45.5人以上の企業は従業員数の2.2%の障害者を雇用することが義務付けられているが、「わざわざ視覚障害者を選ぶ必要もない」と敬遠されがちだ。

 大企業の中には、厚労省から認可を受けた「特例子会社」を持つところがある。障害者の働きやすさに配慮した子会社だ。特例子会社で障害者をまとめて雇えば、親会社の障害者雇用率に反映される仕組みになっている。約500社ある。

 初瀬さんがやっとのことで採用されたのは、人材派遣会社の特例子会社だった。200人ぐらいの社員のうち180人ぐらいが障害者。そこで4年間働いて、視覚障害者以外の障害者とも親しくなり、様々な障害者の姿を知った。

10万人が仕事を探している

 本書によると、2017年にハローワークに登録している障害者は20万人強。そのうち就職できたのは10万人弱。まだまだ仕事が見つからない障害者が多い。

 こうした中で最近、初瀬さんがあきれたのは中央官庁の障害者雇用数字のごまかし問題だ。役所は障害者にとってものすごく人気がある就職先だという。基本的に給料が上がっていき、つぶれない。バリアフリーになっている。そんな障害者たちの希望を3500人分も奪っていたのだから「開いた口がふさがらない」。とりわけ政策を決める場に、障害者が少なくなることを危惧している。

 初瀬さんは障害者柔道で活躍していることもあって、あちこちに講演で呼ばれることも多い。企業関係者と知り合いになることも増えた。人材派遣会社の特例子会社で経験を積んだこともあり、2011年に障害者の人材コンサルタント会社を設立した。どの会社にどんな障害者がマッチするか、つなぐ仕事だ。

 日本には約936万人の障害者がいるそうだ。人口の7.4%。彼らは「消費者」「顧客」でもある。BtoCの企業は、もっと商品開発の現場に障害者を入れるべきだと考えている。そうすることで、働きたいと思っている障害者の人生の可能性が広がるからだ。

 本書の冒頭に、恒例の講演先である茨城県の少年院でのやりとりが出ている。「もしも目の見える手術があったら、受けますか?」と聞かれて、言葉に詰まったという。「目の悪い人生をいったんリセットして、目の見える人生をまたゼロからやり直すのか・・・」。視力を失ってから構築した半生の重みと充実を、改めて気づかされた瞬間だった。

 「私のミッションは、障害者と健常者のあいだに存在する心理的垣根を取り除くこと」だと自覚する初瀬さん。これからますます必要とされ、活躍の場が広がることだろう。そういう国であってほしい、と本書を読みながら心から思った。

 本欄では関連して、障害者が作る「大活字本」(埼玉福祉会)を紹介した『持たない暮らし』、難病指定されている病と闘う女性の『車イスの私がアメリカで 医療ソーシャルワーカーになった理由』(幻冬舎)なども紹介している。また、J-CASTニュースでは、官庁の障害者雇用水増し問題で、初瀬さんにインタビューした記事も掲載ずみだ。

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