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世界文化遺産になった国立西洋美術館誕生の秘密

美しき愚かものたちのタブロー

 フランスの建築家ル・コルビュジエ(1887~1965)が設計した東京・上野の国立西洋美術館は、2016年に「ル・コルビュジエの建築作品」の一つとして、ユネスコの世界文化遺産への登録が決まった。

フランスとの縁はなぜ?

 岡山県・倉敷市の大原美術館を除くと、日本にはまだ本格的な美術館がなかった時代、なぜ国立西洋美術館はつくられたのか。そこにはフランスとの奇妙な因縁があった。

 本書『美しき愚かものたちのタブロー』(文藝春秋)は、フリーのキュレーターとしても活動したことのある原田マハさんの新作。国立西洋美術館の収蔵品の中核となった「松方コレクション」の数奇な運命を描いた。今期の直木賞の候補作になっている。

 松方幸次郎は戦前の大実業家であり、のちに政治家にもなった。明治の元勲で総理大臣も務めた松方正義の三男に生まれた。神戸川崎財閥の創始者、川崎正蔵に見込まれ、川崎造船所の初代社長となり、事業を拡大した。

 1916年以降三度渡欧し、近代彫刻や彫刻を収集した。「日本に西洋美術専門の美術館をつくる」と決意したからである。

 しかし、数千点と言われたコレクションの正確な数はわからず、おおまかに3つの運命をたどった。原田さんは本書で、こう整理している。

 ① 日本へ持ち帰ったもの、松方の生前に競売にかけられ、日本国外へ売却されたもの。
 ② ロンドンの倉庫に預け置かれていたが、そこが火災に遭ったため消失してしまったもの。
 ③ パリのロダン美術館の倉庫に預け置かれていたが、戦時中に行方不明になってしまったもの。

 本書は1953年から、この③の作品群の日本への返還を求めて、フランスと厳しい交渉をした男たちの物語として幕をあける。指揮したのは当時の首相、吉田茂。松方とは戦前に面識があった。美術史家の田代雄一は、かつて松方の絵画収集の道先案内人だった。松方は田代を通じて、クロード・モネやゴッホ、ルノアールの美に魅了されたのだった。

 フランスはサンフランシスコ講和条約の批准によって、フランス国内に在留している日本の財産は、公式にフランス政府の帰属となった。だから「旧松方コレクション」は、フランス政府が所有するフランスの財産、という立場を取った。

 個人の財産だから、これには当たらないと主張する日本側とフランス側が丁々発止のやりとりをする。本書は「史実に基づくフィクション」だが、巻末に記されている膨大な参考資料が、この交渉にかんする記述のディテールを支えている。果たしてモネの「睡蓮」をはじめとした名作は、日本に帰ってくるのだろうか?

作品とともにパリに残った部下

 本書は後半、時系列をさかのぼり、田代の青春時代、そして道半ばで帰国した松方に代わり、作品とともに戦時下のパリに残った部下、日置が登場する。

 今日、われわれが国立西洋美術館でフランス絵画の名作に接することができるのは、彼らの奮闘努力に負うものが大きいことがわかる。

 松方コレクションと国立西洋美術館については、多くの研究書が出ているが、フィクションとして再構成した本書によって、血沸き肉躍る物語として読むことができる。著者の美術にかんする蓄積が存分に生かされている。

 本欄では原田さんの著書『いちまいの絵』(集英社新書)、『ゴッホのあしあと』(幻冬舎新書)を紹介している。

  • 書名 美しき愚かものたちのタブロー
  • 監修・編集・著者名原田マハ 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2019年5月30日
  • 定価本体1650円+税
  • 判型・ページ数四六判・441ページ
  • ISBN9784163910260
 

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