読むべき本、見逃していない?

移住者だから書けた超辛口の「名古屋荒廃史」

  • 書名 夢みる名古屋
  • サブタイトルユートピア空間の形成史
  • 監修・編集・著者名矢部史郎 著
  • 出版社名現代書館
  • 出版年月日2019年6月20日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数四六判・222ページ
  • ISBN9784768458570

 皮肉というより、何と反語的なタイトルなのだろう。本書『夢みる名古屋 ユートピア空間の形成史』(現代書館)を字義通り信じて買った名古屋人は、怒り狂うかもしれない。ここに書かれているのは「名古屋荒廃史」であり、自動車が主人公で人が排除されたディストピアの形成史だからである。

名古屋という難問

 名古屋イジリの代表といえばタモリとされている。しかし、2017年6月にNHKの「ブラタモリ」が2回にわたって名古屋を取り上げ、地元紙は「歴史的和解」と紹介した。

 東京、大阪に並ぶ「三大都市」というプライドを持ちながらも、「大いなる田舎」とか「文化不毛の地」と自らを呼ぶような自虐的なふるまいをせざるを得ないのも名古屋である。

 著者の矢部史郎さんは、社会批評、現代思想を専門とする文筆家。2011年に東京を離れ、名古屋郊外の愛知県春日井市に在住する。序章で、「ここに暮らしてもう八年になるが、いまだに慣れない。どこかよその国に放り出されたかのようだ。(中略)道に迷っているわけではないけれども途方にくれるという感覚が、名古屋にはある」と書いている。そしてこう続ける。

 「名古屋には私が美しいとおもうような空間はない。この街は、日本にありながら、アジア的な潤いを失っている。すべてが整然と並べられ、まるでアメリカの街路のような寒々しさがひろがっている」

都市計画の成功が魅力のなさに

 どうして、そのような都市になったのか。矢部さんは3つの地層に分解して分析している。すなわち、近代都市計画、モータリゼーション、ジェントリフィケーションである。したがって本書は以下の3部構成となっている。

 第一章「一九一八 鶴舞」では、近代都市計画を扱う。名古屋の鶴舞公園で起きた名古屋米騒動に前後して、名古屋の労働運動は勢力を増大する。大衆市民社会の到来とともに、名古屋市は民間による「区画整理組合」という独自の都市計画事業で、市域を拡大しつつ整備を進める。戦後は戦災復興都市計画で有名な100メートル道路が完成する。著者は「幅の広すぎる道路が街を切断し、街の一体性は失われている。車道を横断するたびに歩行者を疲れさせる。街歩きを楽しむための体力も気力も奪われていく」と手厳しい。

名古屋は「三大都市」ではない

 第二章「一九六五 小牧」では、モータリゼーションを取り上げる。1965年、名神高速道路小牧インターチェンジが開通。自動車の速度によって名古屋の輪郭が突き崩され、膨張してゆく。ここで名古屋は「三大都市」ではないと論じている。

 「私たちが通常イメージする大都市の姿とは、商人資本によって人と物と情報が集積する都市であって、そういう都市の姿は、大阪と東京にしかない。都市というものをそのように定義するのなら、名古屋は都市ではない。ここは東海道メガロポリス工業地帯の結節点のひとつにすぎないのである」

 第三章「一九八九 世界デザイン博覧会」では、再開発・ジェントリフィケーションの時代について記述する。この年、名古屋で開かれたこの博覧会は都市の見世物化の延長上にある。きらきら輝く都市を出現させ、都市空間がまるごと商品化されていく。

 評者は2005年の愛知万博当時に名古屋にいたが、愛知万博はこの流れの総仕上げというべきイベントだった。

「行けども行けども名古屋」

 この3段階を経て、名古屋は荒廃したというのが著者の主張だ。「すべての路地が非人間的なサイズに拡幅されてしまっているから」、歩いていると「行けども行けども名古屋」という絶望的な感覚に陥ると指摘する。

 確かに車で移動する人にとっては、こんなに便利な街もないだろう。しかし、先日紹介した『未来の地図帳』(講談社現代新書)でも、広すぎる道路は高齢化社会にあってマイナスでしかないと書いてあった。名古屋を中心とする愛知県の人口減少も始まると。

 本書は、現代思想の観点から名古屋の近現代化を批判的にとらえ返したものだ。地元の研究者からこれほど厳しい視点が提示されることはないだろうし、名古屋以外の書き手はそもそも名古屋に関心を持たないだろう。だから移住者という「よそ者」だからこそ書くことができた、まっとうな名古屋論だと、名古屋在住歴十数年の評者は評価する。

 一方、名古屋でも路地のような空間の見直しが進んでいることも付け加えたい。本欄でも『名古屋円頓寺商店街の奇跡』(講談社+α新書)で紹介した円頓寺商店街は、名古屋駅にも近いシャッター通りから奇跡的に復活した。車社会への反省、批判的視点が当地にもないわけではないが、声が大きくならない。それは圧倒的存在の某自動車会社のせいだけでなく、住民自身が「自動車社会」を望んでいるからである。

 そしてそれは名古屋だけの問題ではない。日本中の「多くの小都市が名古屋のような平板さの圧力にさらされているのだ」と著者は警告する。

 名古屋出身在住の評論家呉智英さんの『真実の名古屋論』(KKベストセラーズ)も紹介済みだ。数多くの名古屋論の中で、よくまとまった本だ。

オンライン書店で詳しく見る(購入もできます)

デイリーBOOKウォッチの一覧

一覧をみる

アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

当サイトご覧の皆様!

おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!

出版社の皆様!

御社の書籍も、
BOOKウォッチに
掲載してみませんか?

sub