読むべき本、見逃していない?

昭和天皇が「涙」を流したのは・・・

  • 書名 昭和天皇 最後の侍従日記
  • 監修・編集・著者名小林忍、共同通信取材班 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2019年4月19日
  • 定価本体920円+税
  • 判型・ページ数新書判・348ページ
  • ISBN9784166612116

 共同通信は2018(平成30)年8月23日の朝刊用に「戦争責任言われ『つらい』昭和天皇85歳、心情吐露」のスクープ記事を配信、加盟41社が一面トップ記事として掲載した。全国紙やNHKも配信をフォローした。この記事の元になったのが、長く昭和天皇の侍従を務めていた小林忍さん(1923~2006)が残していた日記だ。

 本書『昭和天皇 最後の侍従日記』(文春新書)は、その内容を改めて新書として公開したもの。昭和天皇の身近に仕え、親しく言葉も交わしていた側近の生々しい記録だ。

「仕事を楽にして長く生きても仕方がない」

 小林さんは静岡県出身。旧制姫路高時代に招集され、陸軍航空部隊で通信業務などを担当。戦後になって京都大学法学部、大学院を経て人事院に。1974(昭和49)年に宮内庁に移り、昭和天皇の侍従になった。その後も2001(平成13)年まで香淳皇后らに仕えた。

日記はA5サイズの一年日誌で27冊。1974年から2000年までのものだ。遺族が2016年に家の中にあるのを見つけ、共同通信が17年に入手、現代史に詳しい歴史作家の半藤一利氏と、ノンフイクション作家の保阪正康氏の協力を得て読み込んできた。

 日記の白眉は、やはりニュースにもなった「戦争責任」の部分だ。1987(昭和62年)4月7日の日記に「お行事軽減についてご意見。仕事を楽にして長く生きても仕方がない。辛いことをみたりきいたりすることが多くなるばかり。兄弟など近親者の不幸にあい、戦争責任のことをいわれる」「昨夕のこと」とある。本書によれば、この前日、住まいの吹上御所で昭和天皇が、当直勤務だった小林侍従に心中を直接打ち明けた場面だ。

 小林さんはほぼ週に一回のペースで、昭和天皇の住まいである皇居・吹上御所で当直をこなしていた。天皇と二人だけで会話することも多かった。弱音を漏らす昭和天皇を、小林さんが励ます記述が続く。「個人的には色々おつらいこともおありでしょうが、国のため国民のためにお立場上、今の状態を少しでも長くお続けいただきたい旨申し上げた」。

多数の側近が日記を残す

 本書の巻末に半藤氏と保阪氏の対談が掲載されている。日記を読んだときの驚きと感想が率直に語られている。

 保阪氏によると、昭和天皇の多数の側近たちが日記や回想録を残している。35人以上いるという。多くは戦前、戦中のものだ。戦後も『入江相政日記』などがあるが、昭和天皇の晩年を知る側近たちの日記となると少ない。世に出ているのは『卜部亮吾侍従日記』、富田朝彦(宮内庁長官)による「富田メモ」、中村賢二郎(侍従)による『吹上の季節』など数点しかない。それだけに小林侍従の日記は貴重だという。

 特に今回明らかになった「戦争責任」のくだりについては、これまでも『卜部日記』や『続 吹上の季節』に、「小林侍従から聞いた話」としては出てくるが、すべて伝聞。当事者本人の日記にその記述が出てきたことで「事実が確定したことは大きい」(保阪氏)という。

 逆に小林さんが入江侍従から聞いた話も出てくる。1975(昭和50)年の天皇訪米、その後の記者会見に関するものだ。

 「御訪米、御帰国後の記者会見等に関する世評を大変お気になさっており、(中略)御自信を失っておられる」「お上の素朴な御行動が反ってアメリカの世論を驚異的にもりあげたことなどを具体的につぶさに申し上げ、自信をもって行動なさるべきことを縷々申し上げたところ、涙をお流しになっておききになっていたと」(昭和50年11月22日)。

『実録』にはない話

 昭和天皇は帰国後の記者会見で「戦争責任」について質問され、「私はそういう文学方面はあまり研究もしていないので」と答えたり、原爆投下について「広島市民に対しては気の毒であるが、やむをえないこと」と答えたりして批判されていた。

 半藤氏は「これほど昭和天皇が、世論というか国民の気持ちを気にして自信をなくしておられたとは驚き」と語っている。

 今回の「日記」は宮内庁がまとめた昭和天皇に関する公式記録『昭和天皇実録』にはまったくおさめられていないものだ。保阪氏によると、『実録』で「涙」が出て来るのは二か所だけ。乃木希典の自刃を知った時と、終戦後に陸軍が解散することになった時だけにすぎないので、「涙に関する記述は、人間・昭和天皇がどのような感情を持っていたかを知る上で、貴重な箇所」と語る。

 昭和天皇が最晩年に「沖縄に行くこと」にこだわっていたことも出てくる。昭和62年秋に予定していた沖縄訪問は体調不良で幻に。その翌年63年5月には改めて、側近幹部の話し合いがあり、再検討されたが、体調がさらに悪化、見送られた。9月には御所の寝室で吐血、一時重体に。その後の小林さんの日記は容体に関する記述が増え、翌64年1月6日には「今度こそはという時期にきている」。7日に昭和の幕が閉じた。別れの拝礼をして、侍医らにより体が清められ、小林さんは他の侍従らと一緒に、肌着や小袖を着せた。左手は腕関節が既に固くなって曲がらないので袖に通すことができなかったという。

安倍政権の官僚にも参考になる

 半藤、保阪両氏とも、「小林日記」については「まさかこのような第一級資料が、まだ眠っていたとは」と驚くとともに、内容についても高く評価している。特に小林さんが、幹部ではない一侍従だったことが重要で、昭和天皇の生の声や行動を記していて、素顔が伝わる描写が多いという。

 半藤氏は、天皇の侍従には時代を追って三種の人がいたという。入江氏や徳川義寛氏のような華族出身者。現人神としての天皇観を持ったまま戦後も仕え、ある意味、天皇と一体化していた。つづいて小林さんのような戦争で召集された経験もある役人。そして近年の人事異動でコロコロ代わる人たち。

 「小林さんは能吏といいますか、非常にきちんとした性格の方だと思いました」(半藤氏)、「小林さんは、与えられた場でその現状に合った仕事を淡々とこなせる人ですね。ここまで冷静に昭和天皇の最期を綴った人がいたことは、日本国憲法施行以降の天皇像の変遷を考える上でも貴重な史料になるのではないでしょうか」(保阪氏)

 こういう小林評を目にして、評者は官僚というものが、歴史をつくる人であると同時に歴史を記録して残すべき責務も負う人だということを改めて痛感した。その意味では本書は、安倍政権下の官僚にとっても、参考になるに違いない。

 この種の日記は、細かい記述が続いて読みづらくなりがちだが、本書は全体を5章に分け、それぞれの冒頭にエッセンスをまとめ読みやすい。文春新書の編集部だけあって手際が良いと感心した。

 本欄では、侍従関連で『宮中五十年』(講談社学術文庫)、共同通信記者の本では、『自衛隊の闇組織――秘密情報部隊「別班」の正体』(講談社現代新書)なども紹介済みだ。

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