本を知る。本で知る。

平成・令和の「産業遺産」は何か?

きっと見に行きたくなる すごい産業遺産

 日本の近代化に貢献した巨大な構造物を、産業遺産という。橋・橋梁、ダム、運河・水路、港湾、鉄道施設、トンネル、鉱山跡などさまざまなものがある。本書『きっと見に行きたくなる すごい産業遺産』(昭文社)はそれらをビジュアルでまとめたムックだ。有名無名を含めて北海道から沖縄まで全国125のスポットが紹介されている。

今では数社が観光ツアー

 代表格として冒頭に登場するのは、端島炭坑(軍艦島)だ。軍艦「土佐」に似ていることからこの名が付いた。長崎港から18キロの沖合にあり、最盛期の1960(昭和35)年には約5300人が暮らしていた。その人口密度は当時の東京都市部の約9倍だったという。74年に閉山して無人に。2009年から一般人の上陸が可能になり、今では数社が観光ツアーを開催している。

 本書に登場するのはおおむね「遺物」「遺構」だが、中にはまだ使われている施設もある。鉄道遺産コーナーで登場する上越線の土合駅もその一つ。群馬県みなかみ町にある。上りホームは地上だが、下りは地下70メートルの新清水トンネル内。日本一の「モグラ駅」として知られる。下りのホームからは462段の階段を上がらないと地上に出られないというから、よほどの健脚でないと利用できない。かつては谷川岳への登山客などでにぎわったが、1982年の上越新幹線開業や85年の関越自動車道開通の影響を受けて乗降客が減少。まだ生き残ってはいるものの、一日の乗降客は今や20人程度だという。というわけで「遺産」の仲間入りだ。

西洋の技術と和の手法が融合

 登場する「遺産」は北海道・東北、関東、中部、関西、中国・四国、九州・沖縄に区分けして紹介されている。概ね知られたものが多いが、中には初耳というものもある。あるいは写真が目新しいので、初めて見たかのごとく錯覚を覚えるものもある。

 その一つが長野県松本市にある「牛伏川フランス式階段工」だ。これは牛伏川につくられた砂防施設。141メートルにわたって19の段差が設けられ、そこを水が流れる様子が撮影されている。まるで山野を巨大なひな壇にして、上段から下段に流れる豪快なそうめん流しのような写真が目を引く。工法はフランスに学んでいるが、石積みは日本の伝統技術「空石積み」を用いているのが特徴。「西洋の技術と和の手法が融合した美しさ」という見出しが付いている。

 100年以上前につくられたそうだが、いまも機能を失わず、周囲の景観に溶け込んでいる。かつて何かでこの施設の写真を見たときは、水が流れていなかったったので、イメージが湧かなかったが、今回、実際に使われている姿を知って認識を新たにした。

 本書ではこのほか、「『電気王』と呼ばれた男が架けた夢の橋」「世界有数の産出量を誇った天空の銅山都市」「日本海の波打ち際に美しい曲線を描く」「中世ヨーロッパの古城のような風格を感じるダム」「のどかな里山に残る屋根付き橋」「初夏から秋にかけてだけ姿を見せる煉瓦造りの発電所」「石炭の夢のあとがジャングルのなかで静かに眠る」など歴史の中で息づく遺物群について、なかなか魅力的なキャッチの紹介文が躍る。それぞれがどこの何なのかは本書で確かめていただくことにしよう。

ペリーの献上品

 こうした産業遺産の起点は明治維新に遡る。鎖国から一転、急ピッチの欧化。本書に登場する産業遺産の写真を見ているうちに、かつてBOOKウォッチで紹介した関連書が頭をよぎった。

 『江戸時代のハイテク・イノベーター列伝』(言視舎)や『江戸の科学者――西洋に挑んだ異才列伝』(平凡社新書)では、江戸時代に独自の研究で文明開化の下ごしらえをしていた科学者たちが多数登場する。良く知られているように江戸時代の日本は既にかなりの科学知識を蓄積していた。しかし、実際に西洋文明に追い付くには途方もない苦労をした。大型船をつくろうにも、ボルト一本の製作を学ぶところからはじめなければならなかった。これは『維新と科学』(岩波新書)に出ていた。やっとのことで造った数百トンの船は水平には浮かばなかった。

 『近代日本一五〇年』(岩波新書)によれば、ペリーが1854年に二度目に来日したときの幕府への献上品は「蒸気機関車の模型」と「有線電信の装置一式」だった。さぞかし度肝を抜かれたことだろう。本当の黒船ショックはここから始まったのかもしれない。幕末、次々と留学生が西欧で学ぶことになる。榎本武揚もその1人だった。5年間の留学から帰国後、諸事情で箱館・五稜郭の戦いでは幕府側の頭目になって投獄されたが、2年ほどで赦され、いつのまにか明治政府の重臣として大出世した。これは新政府が榎本のズバ抜けた能力、なかでも科学全般の最新知識を評価していたからだった。『榎本武揚と明治維新――旧幕臣の描いた近代化』(岩波ジュニア新書)で紹介されている。

 もちろんこうした近代化のプロセスでは多数の労働力を必要とした。『鎖塚――自由民権と囚人労働の記録』(岩波現代文庫)は、急激な北海道開拓を担った労働者にスポットを当てている。

昭和の「価格遺産」

 ここで登場する産業遺産は基本的に明治、大正、昭和のものだ。そこでふと思った。今の世の中で将来、産業遺産として尊ばれることになりそうなものとは何だろうかと。平成以降はIT社会。すべての情報はマイクロチップに集約されている。ひょっとしたら小さなICのチップに象徴されることになるのかも・・・。いや、クラウドコンピューティングだから雲の中か。アメリカの人里離れたところに世界の情報をかき集めている巨大サーバーがあるらしいから、そこに行きつくのか。いずれにしろ、21世紀の産業遺産は、それ以前とは劇的に様相を変えることになりそうだ。

 本書は日本の近代史を簡単にビジュアルで辿ることができて貴重だ。写真は各方面から集められ、質的に優れたものが多い。お値段は何とたったの800円。これは昭和の値段だ。本書の値付けは「価格遺産」だなとも思った。

 本欄では関連で、『日本の島 産業・戦争遺産』(マイナビ新書)、『秘湯めぐりと秘境駅』(実業之日本社文庫)なども紹介している。

  • 書名 きっと見に行きたくなる すごい産業遺産
  • 監修・編集・著者名昭文社 旅行ガイドブック編集部 編
  • 出版社名昭文社
  • 出版年月日2019年7月 8日
  • 定価本体800円+税
  • 判型・ページ数A4判ムック・96ページ
  • ISBN9784398292216

オンライン書店

 

デイリーBOOKウォッチの一覧

一覧をみる

書籍アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

漫画アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!

広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?