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孤高の日本人ハッカー「ウラジミール氏」を悼む

闇ウェブ

 ネットの「闇市場」について詳述したのが本書『闇ウェブ』 (文春新書)だ。著者は「セキュリティ集団スプラウト」。数人の専門家が分担して書いている。2016年の刊行。日進月歩のネットの世界で3年前というと、やや古い感じだが、基本的な状況は変わっていないだろうと思って読み始めた。

三層に分かれるネット社会

 著者陣によれば、ネットは大別して三層に分かれているという。私たちが自由に検索などで利用しているのはサーフィスウェブ。表面上の世界に過ぎない。氷山で言えば、海上に顔を出している部分だ。その下にディープウェブが隠れている。IDとパスワードを使ってログインする。さまざまなウェブメール、ソーシャルメディアの非公開ページ、有料サイトなど。入っていくのに認証が必要だ。

 さらにディープウェブの奥底にあるのが本書のテーマ「ダークウェブ」だ。深海の底の光の当たらない世界。闇市場、サイバー犯罪の温床だ。

 サーフィスウェブやディープウェブとの大きな違いは、専用の暗号仕立てのソフトウェアを使わないとアクセスできないこと。内部の情報は、一般的な検索エンジンでは引っかからない。知識のないユーザーはオフリミット。

 特殊世界だから、内部に入り込んでも情報を探すのに時間がかかる。匿名性が徹底されている。ようやくサイトにたどり着いても、明日にはなくなっている可能性がある。捜査機関の網に引っ掛からないために、しょっちゅうURLを変えているのだ。一般的なネット社会の簡便さとは対極にある閉鎖的な迷宮だ。

FBI長官の個人情報も盗まれた

 そこでは違法な商取引が日常化している。何が売られているかと言えば、まず麻薬。さらに偽造パスポート、偽札、児童ポルノ、ハッキングツールなどなど。

 一般人には関係ない世界、のような気もするが、そうではないという。実は、ダークウェブのワルたちがディープウェブに侵入して掠め取った情報が、ダークウェブで「商品」として売買されているからだ。米国では2015年に連邦人事管理局の約2000万件もの個人情報が流出、闇市場で売られていた。摘発する側の責任者、FBI長官本人や家族の情報も含まれていた。こうした個人情報の中でも最近、とくに価値が上がっているのが健康情報だという。医療・薬品関係の裏ビジネスからニーズがあるらしい。

 とりわけ内緒の情報、たとえば「出会い系」などに出入りしている情報が流れると、きわめて困ったことになる。実際、世界最大の不倫サイトの情報が流出したときは、自殺者が何人も出た。自分が「ダークウェブ」に関与していなくても、自分の情報が独り歩きするリスクがあるというわけだ。

 この世界に入り込むためには特殊な通信方法を使う。「Tor」が有名だ。「The Onion Router」(ジ・オニオン・ルーター)の頭文字をとったもの。玉ねぎを剥いても剥いても同じ状態が続くように、なかなか通信者本人にたどり着けないことから、この名が付けられたという。

 元々は米国海軍が開発、それを非営利団体が引き継ぎ、オープンソースとして使われているものだ。したがって悪いのは「Tor」ではなく、使われ方だということになる。実際、「ダークウェブ」に生息しているのは犯罪者だけではない。本国の人権抑圧などで、サーフィスウェブやディープウェブでは自由なやりとりできない活動家などもTorなどを使って抵抗を続けている。「ウィキリークス」のジュリアン・アサンジなどもTorのネットワーク上にサイトを構築しているという。

ビットコインも重要な役割

 各国の捜査機関でさえ実態の把握が困難なほどに「ダークウェブ」の闇市場が膨れ上がったのは、このTorに代表される暗号通信と、そこでの決済手段としてビットコインが普及したことが大きいという。それぞれの「匿名性」「秘匿性」の高さから、犯罪者に使われるようになった。

 もちろん捜査当局も必死だ。2015年には最大の闇市場「シルクロード」が摘発された。黒幕として捕まったのは29歳の米国人男性。終身刑の判決が出た。「シルクロード」は「闇のアマゾん」ともよばれ、Tor経由でないとアクセスできなかった。利用できる通貨はビットコインに限られていた。Torとビットコインを最大限に生かした闇市場だった。

 この事件では組織に潜入していた捜査員2人がビットコインを横流しにした疑いで捕まるというスキャンダルもあった。

 日本から遠く離れたところで起きた事件と思いきや、意外な展開もあった。黒幕として捕まった人物や弁護士が、本当の黒幕は「マーク・カルプレイスだ」と主張していたというのだ。カルプレイスは日本におけるビットコインの取引所「マウントゴックス」のCEO。日本での事件で逮捕され、大騒動になったことは記憶に新しい。もちろん本人は「シルクロード」との関係を否定したが、ネットの世界は海を越えてつながるという話を再認識させられた気がした。

 本書の著者は「あとがき」で、15年に急逝したハンドルネーム「ウラジミール氏」に哀悼の意を表している。名前はロシア風だが、日本人。優秀なハッカー、孤高のインテリジェンスオフィサーであり、著者らはもちろん日本政府関係者も大変世話になったという。英語、中国語、韓国・朝鮮語、ロシア語に通じたウラジミール氏の海外ネットワークを継承できる人物は残念ながら今はいないだろう、日本が受けた損失の大きさを感じる、と偲んでいる。

 本欄では、ほぼ同じ著者グループによる『フェイクウェブ』(文春新書)を紹介ずみだ。関連で『暴走するネット広告――1兆8000億円市場の落とし穴』(NHK出版新書)なども紹介している。日本の海賊版サイトの運営者も国際的なネットの闇に身を潜めていた様子がわかる。

  • 書名 闇ウェブ
  • 監修・編集・著者名セキュリティ集団スプラウト 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2016年7月21日
  • 定価本体780円+税
  • 判型・ページ数新書判・218ページ
  • ISBN9784166610860
 

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