読むべき本、見逃していない?

「ネトウヨ系」学生には「共通の原体験」があった!

  • 書名 ネット右派の歴史社会学
  • サブタイトルアンダーグラウンド平成史1990-2000年代
  • 監修・編集・著者名伊藤昌亮 著
  • 出版社名青弓社
  • 出版年月日2019年8月14日
  • 定価本体3000円+税
  • 判型・ページ数A5判・514ページ
  • ISBN9784787234582

 ネットで右翼的・排外主義的な発言を繰り返す人たち、いわゆる「ネトウヨ」を研究対象にした本が目立つようになっている。その中で、本書『ネット右派の歴史社会学』(青弓社)には、いくつか類書にないユニークなところがある。

ソフトバンクに在籍

 まず分厚い。A5判で500ページを超える。各章の注釈も豊富だ。合わせると500項目以上になる。本格的な研究書と言える。

 続いてタイトル。「ネトウヨ」「右翼」ではなく「右派」だ。「本書では、ネット上で保守的・右翼的な言動を繰り広げる人々を指し、一般に『ネット右派』と呼ぶこととする」と定義している。

 その理由について著者の成蹊大学文学部教授の伊藤昌亮さんは、「一つには、『ネット右翼』や『ネトウヨ』の極端なイメージに引きずられないようにするため」とする。さらに「『保守』『右翼』『極右』など、微妙に異なるいくつかの立場を含み込むより緩やかな括りとして『右派』という語がふさわしいと考えられるからだ」と説明している。

 伊藤さん自身の経歴もユニークだ。1961年生まれ。専攻はメディア論。著書に『デモのメディア論』(筑摩書房)、『フラッシュモブズ』(NTT出版)、共著に『奇妙なナショナリズムの時代』(岩波書店)、『ネットが生んだ文化』(株式会社KADOKAWA)など。

 このあたりだけを見ると、生粋のアカデミズムの人のように思えるが、実は大学の教員になる前の1997年から2009年までソフトバンクのメディアコンテンツ部門に在籍。主にIT、ネットサブカルチャー、ネットビジネスなどに関連する書籍の編集部で編集長を務めていたという。「ネット右派」は、いわば伊藤さんの顧客の一部でもあったと言えるだろう。一方で2001年から08年まで東大大学院学際情報学府の修士課程・博士課程でメディア論、カルチュラルスタディーズ、社会運動論などの研究に取り組んできた。

 つまり、伊藤さんは「ネット右派という対象をリアルタイムで、しかも複眼的な視座から見てくることができた」稀有な研究者なのだ。「複眼的」というのは、ビジネスとアカデミズム、技術系と人文系というようないくつかの場を行きかうような視座だと説明している。

 そうした特殊な経歴もあって、「彼らに対する筆者のスタンスはやや複雑なものになってしまっている」と打ち明ける。「たとえば彼らを絶対悪と見なし、その悪辣さや愚劣さを単純明快に糾弾するようなことが本書ではできなかった。それどころかむしろ彼らの心性を内在的に理解しようとするあまり、その心情に過度に寄り添うような記述になってしまっているところもある」。

 「彼らを擁護することが筆者の本意ではまったくない」としつつ、「リベラル系の読者は不快に思われることもあるかもしれない」と懸念する。

学生と徹底対話

 さらに、これもユニークだと思ったのは、大学での学生との接し方だ。最も「炎上」しやすそうなテーマの授業を最終時限に設定し、その終了後、どうしても言いたいことがあるらしい「ネトウヨ系」学生を居残らせ、その一人ひとりと徹底的に対話したという。ときに深夜に及ぶこともあったそうだ。

 このあたりは、大学の教員らしからぬ真摯な態度だと言える。

 この作業を通じてわかったのは、彼らの多くが中高時代に教師への不信や反抗の気持ちをきわめて強く抱いていたということ。いわば共通の「原体験」を探り当てている。そうして形作られていった彼らの反発心がネットの中の議論を通じて知識人やジャーナリストなどへの敵愾心として一般化される。大学教員には頑強なリベラル派が多いので、彼らのフラストレーションはますます高まり、あらぬ方向に攻撃が向けられることになった、という実感を記している。

 類書では「ネット右翼」についての統計学的な調査や、フェイスブックでの属性分析などを読んだ記憶があるが、実際の「ネトウヨ系」学生への「愚直」とも言える生のアプローチはなかなか興味深い。伊藤さんならではというところだろう。

アジェンダとクラスタ

 本書には「アンダーグラウンド平成史1990-2000年代」という副題がついている。各章の成り立ちも、「第1章 新保守論壇と嫌韓アジェンダ ―九九〇年代前半まで」「第2章 サブカル保守クラスタと反リベラル市民アジェンダ 一九九〇年代半ばまで」「第3章 バックラッシュ保守クラスタと歴史修正主義アジェンダ 一九〇年代後半まで」「第4章 ネット右派論壇と保守系・右翼系の二つのセクター 一九九〇年代後半まで」「第5章 ネオナチ極右クラスタと排外主義アジェンダ 二〇〇年前後まで」「第6章 2ちゃんねる文化と反マスメディアアジェンダ 二〇〇〇年代前半まで」「第7章 ネット右派の顕在化 二〇〇〇年代後半まで」「第8章 ネット右派の広がりとビジネス保守クラスタ 二〇一〇年前後まで」と時代を追っている。

 ここでの特徴は、いわゆる「ネトウヨ」出現以前まで時代をさかのぼり、彼らの先祖に迫っていることだ。「右派」を様々に分類し、腑分けしている。

 各章ではさらに細かな項目ごとに分析を進めている。「日本ちゃちゃちゃ倶楽部(日本茶掲示板)――保守系セクターを代表する存在」「鐵扇會――既成右翼系クラスタを代表する存在」「右翼共和派――新右翼系クラスタを代表する存在」「瀬戸弘幸と世界戦略研究所」「篠原節と民族思想研究会」「山田一成と国家社会主義日本労働者党」「桜井誠と嫌韓コミュニティ」「三橋貴明とビジネス保守クラスタの思想」などなど。

 「ネット常民としての2ちゃんねらー」「『WiLL』の創刊と『大人目線』の右傾化路線」「チャンネル桜の開局と右翼・民族派への眼差し」などもあれば、「朝日新聞叩きの系譜」「フジテレビ叩きに至る経緯」などについても書き込まれている。

 見出しに「クラスタ」「アジェンダ」などの用語が並ぶことからもわかるように、本書は研究者向け。実際、成蹊大学の学術研究成果出版助成を受けている。出版元は、「圧巻の情報量で『ネット右派の現代史』と『平成のアンダーグラウンド』を描き出す『ネット/右翼』研究の決定版」とPRしている。いわば、百科全書的な体裁になっており、きちんとした索引も付いている。単独作業で書き上げるには相当のエネルギーが必要だったのではないだろうか。

いくつかの既視感

 ところで本書のつくりには何となく既視感があった。小熊英二氏の著作『〈民主〉と〈愛国〉』『1968』(いずれも新曜社)や、同じく新曜社刊の『東大闘争の語り』(小杉亮子著)などを思い出したのだ。大量の情報を著者の頭脳に入力し、年次的に辿り、再整理する。著者自身が大型コンピューターのような著作だというところが共通している。最近の学術書の一つの流れなのだろう。

 もう一つの既視感は、「左翼に関してもこういう本があったな」ということ。公安当局や関係者による過激派各派の流れと分析本などと重なる部分がある。反体制運動にも「極左」「過激派」「新左翼」「左派」「ニューレフト」など、様々な呼称があったし、その内部も「5流13派」とか複雑だった。

 本書では、2010年代半ばに「ネット右派」の運動は早くも停滞期に向かっていったとみることができると記している。理由として、民主党政権という面前の敵を失い、安倍政権のもとでは彼らの主張の多くが暗黙の了解事項になったことなどを挙げている。「皮肉にも彼ら自身が強く訴えていくべきことがなくなってしまったからだ」と書いている。

 このあたりについては異論もあるのではないかと感じた。たとえば、『フェイクニュース――新しい戦略的戦争兵器』(角川新書、一田和樹著)では、世界各国でネットを通じた世論操作、工作が行われていると書いてあった。日本国内には多数のボット(システムによって自動的に運用されるSNSアカウント)や、サイボーグ(システムに支援された手動運用)があり、現政権支持、嫌韓、嫌中、野党など政府批判者への攻撃発言を拡散しているというのだ。

 伊藤さんはIT技術にも詳しいらしいので、そのあたりの分析も期待したが、本書では思いのほか目立たなかった。

 『内閣調査室秘録――戦後思想を動かした男』 (文春新書)などを読むと、歴代の自民党政権が保守陣営の知識人を軸にした世論工作で大変なエネルギーを使っていることがわかる。同書に書かれているのはかなり昔の話だが、その基調は現在も変わらないだろうとも推測できる。

 最近、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれる騒動があった。脅迫メールが770通も届いて、被害届が受理されたという。単なる抗議メールではない。相変わらず「ネット右派」は意気軒昂だと感じた人も多いのではないか。

 本欄では関連して、『ネット右翼とは何か 』(青弓社)、『歴史修正主義とサブカルチャー』(青弓社)、『「右翼」の戦後史』(講談社現代新書)なども紹介している。

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