2019年 12月 13日 (金)

「派遣切り」泣き寝入りするのはイヤだった

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   荒井健太郎さん。神奈川県出身の27歳。埼玉県上尾市の自動車メーカー「日産ディーゼル工業」で派遣社員として働いていたが、リーマンショックから2ヶ月たった2008年11月中旬、解雇通告を受けた。すでにテレビやネットでは「派遣切り」のニュースが騒々しく伝えられていた。だが、まだ自分は大丈夫だろうと思っていた。まさかこの俺が……

突然だった解雇通告

「雇用契約は1ヶ月後の12月18日に解除されます。それから3日以内に寮から退去してください」

   派遣会社スマイルスタッフの担当者から電話で言い渡された内容はシビアだった。担当者は「申し訳ないんですけど、減産なんで……」と弁解していたが、納得できなかった。というのも、荒井さんは9月から日産ディーゼルで働き始めて、11月初めに3ヶ月間の契約更新をしたばかりだったからだ。

「その前から日野自動車とかが人員削減していたので、そのうちくるなとは感じていたんですけど、俺の場合は1月いっぱいまでの契約なので、それまでは働けると思ってました。途中で打ち切られるのは、さすがに辛いですよ。それに猶予が1ヶ月しかない。どうやって仕事を探せというのか……」

   次の日にハローワークに行ってみたが、いい仕事は見つからなかった。そんなとき、ケータイのポータルサイトで「派遣切りホットライン」を知り、電話してみた。相談に応じたのは東京・新宿にある労働組合「派遣ユニオン」のスタッフ。電話相談がきっかけで、荒井さんは仲間の派遣社員と一緒にユニオンの事務所を訪ねることになり、気付いたら日産ディーゼルユニオンの委員長になっていた。組合員3人の小さなユニオンの誕生だ。

「最初は『組合活動なんてやっても意味ねーじゃん』と思ってたんですけど、新しい仕事を見つけたくても見つかる状況じゃない。どうせなら何かやったほうがいいと思って、ユニオンでやってみようと決めました」
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