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「心の病になったからこそ人生が豊かに」 想田和弘監督インタビュー(下)

   ドキュメンタリー映画『精神』は、岡山県の精神科診療所「こらーる岡山」を舞台にして撮影された。そこにはさまざまな人生を歩んできた人々がいた。「モザイクをかけない映画」を撮るため、患者の一人ひとりと話をして、素顔を出すことを了承した患者のみにカメラを向けた。

>>「モザイクかけたら人間は描けない」 想田和弘監督インタビュー(上)

患者さんの「告白」を映画に入れるべきか、すごく悩んだ

「僕の映画は発見が命」と話す想田監督。先入観を抱かないために、撮影前のリサーチや台本書きは行わないという
「僕の映画は発見が命」と話す想田監督。先入観を抱かないために、撮影前のリサーチや台本書きは行わないという
――ご自身の体験から「精神の病」に対する問題意識がずっと残っていたということですが、今回の映画を撮るきっかけはどのようにして生まれたんですか?
想田   たまたま僕のカミさんのお母さんが、こらーる岡山と仕事上の関係をもっていたので、そこに撮影を申請しました。診療所の活動者会議(患者とスタッフによる議決機関)で話し合ってもらって、「どうぞ来てください」ということになりました。ただ、映りたくない人もいるから「一人ひとりに許可をもらってください」と言われました。

――撮影をOKしたのは10人に1人か2人の割合ということですが、それでも何人もの患者さんが顔を出して話をしていたのにはびっくりしました。そのうえ、語られる内容もかなり深刻なものだったので驚きました。たとえば、自分の赤ちゃんを手にかけてしまったとか、小さな子どもがいて食えないから売春的なことをやっていたとか、普通はなかなかしゃべらないだろうということまでしゃべっているのが驚きでした。

想田   そうですね。撮影している僕も、驚くことの連続でした。特に、お子さんを失われたお母さんのことは驚いたし、心が痛みました。そして、あのシーンを本当に映画に入れていいのか、すごく悩みましたね。もちろんご本人はご自分の意思でお話しになったわけですけど、僕にはカットするというチョイスもあるわけですからね。

――でも、カットしなかった。それはなぜですか?

想田   それは、彼女を本当に理解しようと思ったら、あの話は避けて通れないと思うんですよ。あの話は、彼女がつらい、あるいは問題を抱えているということの核心にあると思うんですよね。その話を抜きにしてお茶を濁せるのか、ということですね。お茶を濁すんだったら、「じゃあ、この映画って何?」ということです。

   あとは、取り上げ方にもよるんじゃないかと思ったんですよ。つまり、いわゆるセンセーショナリズム的に、事件みたいなものを、起こったことの強烈さみたいなことだけを取り上げてやるのか。そうでなくて、事件に至った長い経緯も描くのか。お母さんとの確執があったとか、旦那さんとの確執があったとか、医者にこう言われたとか、追い詰めに追い詰められて初めて、悲しい結果に繋がってしまうわけじゃないですか。そういう文脈をちゃんと描けるんだったら、僕としては、ある種の責任を果たしたことになるんじゃないかと思ったんですね。

「心の病気を肥やしにして、したたかに生きている人がいる」

観察映画第2弾となる『精神』は、釜山国際映画祭とドバイ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞するなど、世界各国の映画祭で高い評価を受けている
観察映画第2弾となる『精神』は、釜山国際映画祭とドバイ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞するなど、世界各国の映画祭で高い評価を受けている
想田   だから、あのシーン、16分くらいあって長いんですよ。一つのショットは、6分30秒ぐらいある。1回もカットせずに6分30秒。そういう責任の取り方というのがあるんじゃないかと。ただ、それでも悩みますけどね。これでいいんだと100%自信はもてないですよ。実際、患者さんのための試写会というのをやったときに、彼女も「あのシーンは入ってなければいいな」とずっと思っていたみたいで、入っているのが分かったときには相当落胆して「もう生きていけない」とまでおっしゃっていましたから。

――そうなんですか。

想田   ただ、試写会のあとの質疑応答のときにほかの患者さんが手をあげて、こう言ったんですよ。「でもね、あなたの本当の辛さというのは今まで知らなかった。それが、こういう形だけど初めて知れてよかった。私も子供を育てているから、一人で子供と病気を抱えているというのはすごい大変だとわかる。このことを知っても、私のあなたに対する態度は変わらない」と。

   そういう話をされたときに、そのことについての議論が開かれて、最終的には彼女も「この映画に出られて良かった」というところまでいったんですよ。「どうしてそう思ったの?」とあとできいたんですけど、こんなことをおっしゃっていました。

   「事件が起きてから15年間、もしそのことを人に言ってしまったらみんな敵になるだろうと思っていたから、ずっと人に言えなかった。でも、(映画のおかげで)それが言えた。しかも理解してくれる人もいた。それだけでもすごく良かった。それに、自分と同じような経験で悩んでいるお母さんがたぶん世界中にいっぱいいると思うけど、自分がこうやって語って表に出ることによって、その人たちの助けになるんだったらうれしい」

   だから、思い切って飛んでよかったな、と僕は思うんですけど……。
ナレーションやテロップを一切使わない独特の映像スタイルは、スクリーンに映し出される光景を観客に自由に解釈してもらいたいから。「僕はプロパガンダの映像を作るのも得意なんだけど、あえて手足を縛っているんです」
ナレーションやテロップを一切使わない独特の映像スタイルは、スクリーンに映し出される光景を観客に自由に解釈してもらいたいから。「僕はプロパガンダの映像を作るのも得意なんだけど、あえて手足を縛っているんです」

――この映画を撮ってみて、精神障害者の人たちのイメージは変わりましたか?

想田   そうですね。変わったことばかりですね(笑)。ガラガラといろんなイメージが崩れた。発見だらけでした。一つだけ申し上げると、やっぱり精神障害者とか、精神病患者というのは、いわゆる社会的弱者というか、弱い人というイメージがありますよね。僕もなんとなく、そういうのをすり込まれているところがあったのかなと思うんですけど、実際にお会いしてみると、逆に病気を肥やしにして、したたかに生きられているというか、病気が必ずしも弱さではないなあというか、強みになっている方もいらっしゃるんですよね。

   たとえば、40年間、統合失調症とつきあってこられた方なんかは、もちろんそれは辛かったでしょうけれど、病気になったからこそ、人生に対する洞察というのが出てきたところもあるわけです。これはある意味、病気が強みなんですよ。病気にならなかったら、リッチな、豊かな人生観というのは生まれなかったわけですからね。そういうことはどの患者さんにも感じましたね。

――「病気で人生が豊かになる」というのは、想田監督自身が大学で心の病にかかったという体験ともリンクするんでしょうか?

想田   それはそうでしょうね。僕なんかは、あの病気にならなかったら、たぶん全然違う人生を歩んでいましたよ。いま、映画なんか撮っていないと思いますよ(笑)。山本先生(こらーる岡山の診療所長)もよくおっしゃるんですけど、「ピンチはチャンス」なんですよね。だから、病気ってこと自体には、たぶんネガティブなものも、ポジティブなものも、価値はついてないんですよ。「病気=ネガティブ」と感じがちですけど、そうとは限らないと思うんですよね。それにどういう意味づけをするのかというのは、意味づけする側の問題であって、それをどうとらえるのか、ということだと思います。

>>「モザイクかけたら人間は描けない」 想田和弘監督インタビュー(上)


想田和弘(そうだ・かずひろ)監督 プロフィール
   1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部宗教学科を卒業後、米国ニューヨークのスクール・オブ・ビジュアルアーツ映画学科で映像制作を学ぶ。1993年からニューヨークに住み、劇映画やドキュメンタリーを制作。これまでにNHKのドキュメンタリー番組を合計40本以上演出している。07年公開のドキュメンタリー映画『選挙』は、ベルリン国際映画祭や香港国際映画祭など世界中の映画祭に招待されて高い評価を受けたほか、日本でも全国で劇場公開され、大きな反響を呼んだ。ナレーションやテロップ、音楽を一切使わない独特の映像スタイル(=観察映画)に挑んでいる。09年6月には、初の著書『精神病とモザイク:タブーの世界にカメラを向ける』(中央法規出版)を刊行予定。