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公開の場での叱責―「スパルタ研修」でパワハラに問われるのか

   若手社員を対象にした「スパルタ研修」を取り入れる企業がいまだにあるようだ。甘い学生気分を抜き、社会人としての自覚を目覚めさせる効果などを狙っているようだが、その方法には賛否がある。

   ある会社では若手の士気向上を狙い、厳しい研修を実施したところ、参加者から「どうみてもパワハラ」と苦情が出たという。

若手の消極発言に逆上「根性を叩き直す方が先だ」

――食品商社の人事です。ここのところ業績が伸び悩んでおり、役員会から「若手社員の士気が高まっていないのではないか」「たまには集合研修でテコ入れしたらどうか」と提案がありました。

   そこで集合研修を実施することになり、現場の管理職にヒアリングしたところ、

「いまの若い奴は壁に当たるとすぐ投げ出す」
「気合いが入るような厳しい研修をやって欲しい」

という要望が相次ぎました。

   講師は社外から呼ぶことを検討していましたが、営業部の次長が「そんなことなら俺にやらせて欲しい」と手をあげました。そこで1回目の講師を頼んだところ、思わぬ混乱が起きました。

   会社の過去の危機をどうやって乗り切ってきたのか、次長が話をした後、参加社員に感想を求めたところ、消極的に受け取れる発言があったのです。それを聞いた次長は、

「おいお前、仕事もロクにできない半人前のくせに、何を偉そうなことを言ってるんだ。根性を叩き直す方が先じゃないのか?」

と言って、経営理念を読み上げるよう命じました。さらに全員を立たせて大声で唱和させ、1人ずつ暗唱させました。途中でつかえると「コラッ、理念もまともに言えんのか!」と一喝します。最初に叱責された社員は「気分が悪くなった」と途中で退席しました。

   研修後、次長は「いちおう狙い通りだったろう?次回もやろうか」と満足げでしたが、参加者からは、

「こんなの何の意味があるんすか」
「どうみてもパワハラっすよね」

などという声が。次長の話は悪くなかったと思うのですが、講師やメニューは次回以降もこのままでよいものか迷っています――

社会保険労務士・野崎大輔の視点
研修でもパワハラが成立する場合がある

   研修には緊張感が必要ですが、度を超すと「パワー・ハラスメント(パワハラ)」になることがあります。パワハラは、行為者が職務上の地位や影響力に基づき、職務の範疇を超えて相手の人格や尊厳を侵害する言動をし、受け手側が精神的苦痛を感じたときに成立します。特別な場だからといって、何をやっても許されるわけではありません。

   ただしパワハラには明確な判断基準がなく、受け手の感じ方によって変わるところが悩ましいところです。行為者の地位や意図、業務上の正当性、状況、言動の内容などを総合的に見て判断します。とはいえ、「上司が大声で怒鳴ったり、モノを投げたりする」「給料泥棒呼ばわり」「脅し」「公開叱責」「無視や聞き流し」「過重なノルマ」「職務以外の私的な強制動員」などは、それ自体で即NGでしょう。今回のケースでは、他の参加者がいる前で大声で叱責することなどがそれに当たるおそれがあります。

臨床心理士・尾崎健一の視点
スパルタ研修が現場でどこまで活きるのか

   研修の方法は「会社のねらい」と「参加者への効果」によって決まるものなので、これが最適のメニューということはできません。スパルタ式で効果が上がることが保証され、参加者も納得すれば問題にならないかもしれません。しかし、経営理念を大声で暗唱させたり、つかえた人を叱責したりすることに、実際どんな効果があるのでしょうか。

   スパルタ研修の直後に、「一体感が生まれた」「これで今後の厳しい会社生活を乗り越えられる」という感想があったとしても、現場でそれがどこまで活きるか疑問ですし、そう述べた後に退職している例も沢山あります。過度なプレッシャーでメンタルヘルス不全を起こす人が出るリスクもあり得ます。もし「昔はみんな耐えていた」としても、表に出せない精神的な問題が生じていた可能性はありえますし、仕事や会社に対する社員の考え方も変わってきています。次回以降は、研修で伝えるべき知識や意識などを精査してやり方を十分検討すべきです。


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(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。