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「クライアント第一」を貫き通すプロフェッショナル

   2002年6月2日、埼玉スタジアム。ワールドカップ2002の予選リーグ、グループFは死の組み合わせと呼ばれた。サッカーの強国、イングランド、スウェーデン、アルゼンチンが同じ組に揃ったからだ。この日、リーグ戦初日を迎え、イングランド代表とスウェーデン代表が雌雄を決することとなっていた。

   この試合には、もうひとつ見所があった。それはイングランド代表率いるスヴェン・ヨラン・エリクソンが、イングランド代表チーム初の外国人監督であったばかりでなく、この日の対戦相手スウェーデンの国籍を有していたからである。

自国の代表チームに立ち向かったエリクソン監督

(カット:長友啓典)
(カット:長友啓典)

   日本人が外国のチームを指導して祖国日本と戦うことを想像するに、果たしてこのスウェーデン人監督がどこまで祖国に牙をむくのか、そうした憶測が対戦前には流れていた。

   試合は前半イングランドが1点をあげリードしたものの、後半スウェーデンが追いつく白熱の展開で、1対1のドローとなった。試合が終わった後では、誰ひとりとして、そうした憶測が的外れなものであったことを悟っていた。

   対戦前のそうした憶測を聞きながら、僕は思った。憶測が流れること自体、日本には「プロフェッショナル」という考え方が根づいていないことを物語っているのではないかと。

   プロフェッショナルという職業には、どんな場合であってもクライアントが存在している。誰がクライアントか、ということを具体的に回答することができる。クライアントに対して最善を尽くし、利益を最大化することが職業上の使命であるからだ。

   たとえば弁護士は、殺人犯の弁護をすることもある。殺人犯は罰せられるべきだが、法律を知らないために被る不利益をなくすために弁護士は最善を尽くす。医師は患者を救うのが職業である。プロフェッショナルな医師であるならば、患者が金持ちでも貧乏人でも、健康を取り戻すために最善の治療を尽くす。

   エリクソン監督の場合は、明らかにイングランド代表がクライアントである。イングランド代表を鍛え上げ、自在なチーム・プレイができるようにして勝利に導くことこそ、与えられた使命である。対戦相手が祖国であっても、それは全く関係のないことである。容赦なく戦い、打ち負かすことが、彼にとっての使命なのだ。

   逆に、クライアントの利益を最優先できなくなった段階で、その人はプロフェッショナルとしてのキャリアを失うことになる。厳しい掟だ。

打ち明けられる悩みを共有する充実感

   僕はこれに関係して、もうひとつ日本人にはあまりなじみがない話があると思っている。それは、欧米のプロフェッショナルファームが掲げている「The Clients' Interest First」に続きがあるということだ。

   日本でも「顧客第一主義」や「お客様第一」を標語にしている企業がある。しかし、第一があるのだから、その後にくるものが何なのか、何に優先するのかをよく理解していないと、おかしなことになる。

   僕の育った世界では、続きはこうなっている。「The Firm's Interest Second, The Individuals' Interest Third」つまり、会社の利益を二番目に、個人の利益を三番目にしようということ。

   この続きを知って明確になるのは、プロフェッショナルは自我の欲求よりも、クライアントの欲求を満たすことが最優先されるということである。そこまで自分を追い詰めて初めてプロフェッショナルになれるということでもある。

   プロフェッショナルの道を突き進むのは、それだけ大変なものなのである。しかし、クライアントから見て、この人は自分の利益や会社の利益よりもクライアントの利益を優先しているのだと分かって初めて打ち明けてくれる話は多い。

   僕は、クライアントが決して打ち明けることがない悩みを話すときこそ、仕事をしている充実感を得ている。誰も知らないことを共有する。プロフェッショナルはその充実感のために、厳しい倫理観と行動基準を磨いていくものなのである。

   あれから4年。2006年のドイツ大会でも、エリクソン監督率いるイングランド代表は、またしてもスウェーデン代表に予選リーグで相まみえることになる。このときもイングランドが先に点をあげたが、追いつ追われつの展開で、結局2対2のドローとなった。

   ワールドカップ・サッカー――歓声がこだまする。プロフェッショナルとしての規範となる倫理、哲学があればこそ、繁栄を謳歌しているのだと思う。

大庫 直樹