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法務責任者の社内弁護士が7億円横領? 米国で指名手配中

   「開いた口がふさがらない」とは、このような事件をいうのだろう。日本の重機メーカーの米国販売子会社に法務・人事部門長として雇われていた米国人の社内弁護士が、妻と共謀して会社のカネ900万ドル(約7億円)以上を横領した容疑で指名手配されている。

   米国のマスコミ報道などによれば、盗んだ金の一部は、自宅の改築やコレクター・アイテムを扱う大手オークションサイトでのレアもの購入などに浪費されていたそうだ。中には、1冊3万ドルもするコミック本やモハメド・アリがリングで纏ったガウンなどもあるらしい。

   もちろんそれだけで7億円に達するはずはなく、その他にも夫婦で分不相応な贅沢三昧をしていたのだろう。

弁護士も会計士も「不正の誘惑」から無縁ではない

一番信用していたところから破られる
一番信用していたところから破られる

   横領の手口はこうだ。容疑者は2009年1月に同子会社に採用され、弁護士であることを見込まれて法務の責任者に就任した。

   彼は弁護士事務所への費用支払いを管理する権限を悪用し、自らが設立登記した架空の法律事務所に、実際には発生していない訴訟費用などを会社小切手で支払い、地元銀行に不正に開設した口座に入金して着服を繰り返していた。着服期間は2010年11月から2012年4月におよぶ。

   2012年3月に同子会社から法務費用の大幅な増額要求を受けた本社が、不審に思い調査。法律事務所の住所が元副社長の前住所だったことが判明し、不正に気付いたという。

   同子会社は5月に男を解任し、刑事・民事の訴訟を提起。警察の家宅捜索により、容疑者夫婦の自宅からは架空の法律事務所名の請求書などが発見された。妻は拘留されたが、夫は逃亡中である。

   この事件は、海外に拠点をもつすべての日本企業に教訓を与えるであろう。まず、容疑者が弁護士資格を有しているということが、チェックを甘くしてしまったということはないだろうか。

   弁護士や会計士も人間であり、不正の誘惑からは無縁ではない。毎度繰り返すが、どんなに「できる」従業員であっても、任せきりは禁物だ。特に、専門知識をもち信頼できるとして会社や上司の全幅の信頼を得やすい立場にあり、不正の機会を人一倍認識しやすいポジションであることを肝に銘じたい。

遠隔地では不正がエスカレートしやすい

   しかも、この容疑者は、同子会社に採用後の2010年10月にニューヨーク州弁護士資格の停止処分を受けていたが、会社側にはそれを隠していたそうだ。弁護士資格があるから採用したのであれば、定期的に資格維持の状況を確認すべきだ。不正着手の時期からみて、資格停止処分が不正の動機の一部になった可能性もある。

   学歴、職歴、専門資格保有状況などは、採用選考時の重要な要素である。特に、この事件の容疑者のような要職に中途採用する人材については、求職者の履歴を徹底的に調べ、採用面接においても、様々な角度から質問をして不審な点がないかどうかを確認することが不可欠だ。

   例えば、求職者のフルネームをGoogleなどのサーチエンジンに入れて検索するだけでも、過去によからぬ事件に関与していた記事がヒットするかもしれない。また、昨今ではフェイスブックやリンクトインなどのソーシャルメディアに自分のことを積極的に書き込む者も増えており、不正調査における貴重な情報源となっている。

   また、海外拠点(さらには本社から離れた国内の地方拠点)に対するチェックは相対的に甘くなりやすい。海外であれば、内部監査もそう頻繁には行けないであろう。そのような状況が、犯人に「見つからない」という認識を与え、不正が徐々にエスカレートしたものと考えられる。

   この事件に対して本社は「米国の法律費用は高いという思い込みがあった」とコメントしたそうだが、他国の事情にはどうしても疎くなりがちである。そこも盲点となってしまったのかもしれない。

海外の現地調査サービスを活用するのも手

   このような海外拠点における管理面の脆弱性を克服するためには、次のような対応が検討に値するだろう。ひとつめは、現地で信頼のおける外部の監査・不正調査サービスを定期的に活用することである。もうひとつは、システム投資をして現地法人の主要な勘定の動きを本社で常時把握できるようにすることである。

   ちなみに、この事件の調査をした者はCFE(公認不正検査士)という専門資格を有している。会計や法律、犯罪心理学、調査手法の知識を有し、組織の不正予防から調査まで行うCFEの資格取得者は、日本でも増えつつある。

   最近の厳しい経営環境の下では、不正防止、発見のための追加投資は後回しにされがちである。しかし、自社がこの事件のような億単位の損失に見舞われたと考えれば、検討する価値は十分にある。

   損失を取り戻すためには、何倍もの売上が必要になる。備えあれば憂いなし。同じような事件は自社では決して起きないと言い切れるだろうか?(甘粕潔)