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「大切なお客さまのために」 自分の500万円を貸してしまった銀行員

   あるお人好しな銀行員の不正の例を紹介しよう。支店で融資を担当しているA氏は、親しい顧客の中小企業社長から相談を受けた。社長は「資金繰りが厳しいんだ。今月中に500万貸してもらえないか。このとおりだ」とA氏に頭を下げた。

   困っている取引先を何とか助けたいと思ったA氏は、事情を確認した上で「分かりました。私の一存では決められませんが、500万円なら何とかなると思います。お任せください」と社長に答えた。

   そしてA氏は、あろうことか将来に備えて毎月コツコツと貯めてきた自分の定期預金を500万円解約し、社長の会社に融資金として振り込んだ――。これは、先日ある金融機関が公表した「不祥事件」をもとにした話である。

「誰にも迷惑かけていない」では済まされない

銀行員には「その地位を利用」してやってはいけないことがある
銀行員には「その地位を利用」してやってはいけないことがある

   実はA氏、日々の仕事に追われる中で、社長の案件処理をうっかり忘れてしまい、気づいたときには月末に間に合わないことが判明。社長の神妙な顔と引き受けた自分の言葉を思い出し、「断るわけにはいかないな…」と行き詰って、とりあえず自腹を切ったのだ。

   なぜこれが「不祥事件」となるのか。A氏の場合、自分の懐にカネを入れるのではなく、遊ぶ金欲しさの横領とは動機が大きく異なる。ましてや、自分の預金を取り崩してまで「大切なお客さま」を助けようとしたのであり、「誰にも迷惑かけていない」「社長がちゃんと返せば丸く収まる」と思う人もいるだろう。

   しかし、A氏の行為は出資法違反に問われる。銀行員がその地位を利用して、銀行を通さずに自分自身や銀行以外の第三者のために融資やその仲介などをする行為は「浮貸し(うきがし)」と呼ばれ、同法で厳しく禁止されている。残念ながら、どんな事情があれ、A氏は懲戒解雇を免れないだろう。

   社長はあくまで「○○銀行のAさん」に相談したのであり、銀行員という地位にあるからこそA氏に頭を下げたことが「地位を利用」と解釈される。銀行員が行内の正式な審査を経ずに顧客に融資をしてしまっては、銀行は社会的信用を維持できなくなるというのが法律の趣旨だ。

   たとえ「私的な貸付け」だと言い訳しても、地位を利用して顧客とそのような取引をすれば健全な関係を維持できなくなり、不正の温床となりうる。社長への融資で儲けが出れば、それに味を占めて不正なサイドビジネスに発展してしまうかもしれない。

銀行には行員が顧客の逆恨みを買わないしくみがある

   A氏のような行為を放置すると、最終的に銀行の審査が通らなかった場合、他の顧客の預金を横領して浮貸しを続けるパターンにはまるおそれもある。お金を扱う金融機関の仕事には、それだけの厳しい制限が伴うのである。

   しかし、顧客に融資を頼み込まれたものの、最終的に審査が通らないというのは少なからず起こりうることだ。ということは、渉外担当の銀行員は常に顧客に恨まれるプレッシャーにさらされていることになる。

   行内の厳正な基準で審査した結果なのに、顧客の逆恨みを買って「お前のせいで会社が潰れた」などと因縁をつけられては、銀行員もたまったものではない。

   これを予防するために、銀行では融資を断る際には、担当者ではなくその上司が責任をもって顧客に連絡をとることが一般的だ。そうでなければ、顧客に同情して、あるいは脅されて行員が自己資金を用立てしてしまうケースも起こりうるだろう。

   これは、金融機関が行員一人に問題を抱え込ませないための知恵である。社員一人に責任を負わせすぎることでミスや不正を起こしがちな一般企業にも、参考になるのではないだろうか。(甘粕潔)