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売られたケンカを買った社員に「始末書」提出を拒否された

   ケンカの当事者は、どちらに原因があったかを重視するが、周囲は「傷害の有無」を重視する。公務員の懲戒処分の指針でも、公務外の非行にあたって「人を傷害するに至らなかった」ときは停職または減給で済むが、「人の身体を傷害した職員」は免職となることがあるとされている。

   ある会社では、休日に酔っ払いにケンカを売られた社員が、相手にケガを負わせてしまった。そこで社長が始末書を書かせようとしたところ、「悪いのは相手」と拒否されてしまったようだ。

「なぜ僕が? 悪いのは相手ですから」

――運送会社の経営者です。入社3年目のA君が、日曜日にケンカに巻き込まれました。先に手を出したのは相手の酔っぱらいのようですが、つかみ合いになった末に、相手を突き飛ばしてケガをさせてしまいました。

   店の人が「言いがかりをつけてきたのは相手」と証言してくれたこともあり、大事にはならずに済みました。ただ、会社としてこのままでよいものかと考えあぐねています。

   というのもA君は、過去にも通りがかりにケンカを売られ、殴り合いの末に相手にケガをさせたことがあるからです。そのときも、やはり相手が一方的に言いがかりをつけてきたと聞き、「二度とやるなよ」と口頭で注意しただけですませていました。

   ただ、今回は2回目ですし、こういうことが続くと会社の評判も悪くなります。そこで社内の懲戒規定にもとづき、譴責処分とし、始末書を提出させることにしました。ところがA君は、

「なぜ僕が始末書を出さなきゃならないんですか。悪いのは相手ですから」

と聞き入れません。形式的に、もうしませんでもいいからと言っても、耳を貸しません。

   確かに休日のプライベートの時間のことであり、原因は相手にあります。しかし、ここで全く不問にするのも、他の社員に示しがつきません。こういうとき、どこまで処分を強制できるのでしょうか――

社会保険労務士・野崎大輔の視点
売られたケンカでも暴行傷害に問われることもある

   今回のケースが警察沙汰になったのかどうかわかりませんが、自分から仕掛けたのではなく、売られたケンカを買った場合であっても、警察は「結果」を重視します。相手にケガを負わせた時点で、暴行傷害罪に問われるおそれがあり、正当防衛は、よほどやむを得ず行った場合でない限り認められません。本来、休日のケンカは私生活上の行為ではありますが、刑法上の罪に問われることになれば、最悪の場合、懲戒解雇せざるを得なくなると思います。

   刑事事件にまで発展しない場合でも、譴責処分とすることは可能でしょう。ただし処分は業務命令ではなく、始末書の提出はあくまで任意であり強要できないことに注意が必要です。使用者は労働者の意思、人格などの支配まですることはできません。始末書の提出を強要できるかどうかという点については、個人の良心の意思を尊重するという観点から多くの判例で認められていないのです。始末書不提出を理由に、さらに重い懲戒処分を下すこともできません。

臨床心理士・尾崎健一の視点
始末書は強要できなくても「顛末書」は命令できる

   A君にしてみれば一方的に相手が悪いのかもしれませんが、会社としては犯罪につながるおそれのある行為を放置しておくのは、本人にも会社にもリスクがあります。反省しているかどうかは別として、まずは事実を確認するために「顛末書」の作成を命じてみてはどうでしょう。会社は違反行為や事実を報告させる顛末書を、業務命令の一環として提出を命ずることができます。

   そのうえで、A君に本当に非がないのかを確認し、もしなかったとしても再発防止のために「当面は○○エリアの飲み屋には行かない」「午後○時以降は行かない」などの措置をとることもあり得ます。仮に明らかにA君に非があったことが発覚したときには、必要に応じて警察への出頭を勧めることもあるでしょう。また、本人から仕掛けたものでなくても何度もケンカをするようでは会社の評判を落としますので、うまく逃げるスキルも身につけさせる必要があると思います。


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(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。