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「日本人は器用で、職人技は真似できない」は本当なのか

   「日本人は器用で、繊細で、職人技は真似できない」とよく言われます。何ミクロンという単位で物を削ったりする凄腕の熟練工が、「これぞ日本の技術」とテレビで紹介されている様子を見たことがあるのではないでしょうか。

   しかし、それは本当に日本人しかできないことなのでしょうか。先日、ベトナムである工場の話を聞きました。なんの工場かというと、和服を作っているのだといいます。日本の呉服屋から生地と寸法を送ってもらって、和服に仕立てる。ベトナムにはこうした工場がいくつか集積している場所があるのです。

手先の器用な外国人でも和裁の技術を習得できる

「和服=日本国内仕立て」はすでに思い込みにすぎない時代になっている
「和服=日本国内仕立て」はすでに思い込みにすぎない時代になっている

   昨今は日本で呉服屋に仕立てを頼むと、良心的な店は「国内仕立てか、海外仕立てのどちらか」を聞くそうです。

   海外仕立てを選ぶと、注文がベトナムに送られます。ちなみに良心的でなければ「和服=国内仕立て」という思い込みをもとに、なにも言わずにベトナムに送られ、通常の仕立て料を取った呉服屋の儲けは大きくなります。

   ベトナムのその工場では、月に1000枚以上の和服が仕立てられます。仕立ての原価も聞きましたが、驚くほど安い金額でした。国内の仕立て代金と比べると、10分の1から20分の1といったところでしょうか。

「和裁は日本人の伝統の技術、日本人しかできない職人芸」

   そう考えている人にとっては衝撃の事実でしょう。伝統の技が海外に盗まれた、と思う人もいるかもしれません。しかし、それは日本人だけができるものではなく、ベトナム人にも教えればできるようになるものだったということ。ただ、いままで教える人が誰もいなかっただけです。学べばできるようになる。訓練すればできるようになる。

   その工場では、日本人の和裁の先生が技術を指導していて、手先の器用なベトナム人はものすごいスピードで和裁の技術を習得していくのだといいます。和裁ができれば普通の服よりも高い賃金を得られるので、彼らは積極的に学び、技術も向上します。

   冒頭の、ミクロン単位での調整みたいな熟練工の技術もどうでしょうか。そのような加工の需要が海外であるかはわかりませんが、教えてみればきっとベトナム人にもできるようになると思います。

登山服はカンボジアでもコロンビアでも問題ない

   私が登山に使っているパタゴニアの服もベトナム製で、カンボジアやコロンビアでも作っています。高度6000メートル、気温がマイナス15度といった場所で使う服なので、少しでも縫い目から風が入ってきたり、水が漏れたりすれば命に関わります。妥協などできず、完璧な仕上がりでなくてはいけません。

   メイドイン・ベトナムや、メイドイン・カンボジア、メイドイン・コロンビアの登山服を着て、いくつかの雪山や高山に登ってみましたが、まったく問題ありませんでした。なので、しっかりしたブランドの製品であれば「メイドイン途上国」に関する偏見はなくなってしまいました。

   伝統芸や職人芸といったものを考えるときに、これは根本的に差別化できるのだろうか、と考える必要があると思います。一見すると独自の技術のように見えて、単にトレーニングすれば誰でもできるようになるものも多く混じっているように思えるからです。

   これから多くの会社が、職人芸ではない領域で勝負していかなくてはいけません。たとえばパタゴニアの服の発想は、登山に関わるニーズを熟知していなくては、決して生まれません。ハーネスに干渉しないポケット、ザックの重みで浸水しないように肩の縫い目をずらしたり、ファスナーが顎に当たらないようにずれていたりと芸が細かい。職人技以外のところで、設計が卓越しているのです。

   職人芸、伝統芸、熟練の技といったセンチメンタルな言葉にどっぷり浸かってしまうと、現実を見ることを忘れてしまうのかもしれません。そうならないようにしたいものです。(大石哲之