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「会社の財布は自分の財布」 ムダが気になるオーナー社長

   建設機械メーカーのI社は、海外の特許を使ってゼネコン向けに独自の機器を製造販売しています。N社長は技術系大学出身の2代目で、若い頃から技術的知識を活かした営業畑でやってきました。

   ひととおりの技術と営業を見渡せるという点からは、とりあえずはゼネラリスト・タイプかと思える経営者ですが、ちょっと怪しいと思わせることがありました。ある日、食事に誘われてI社を訪問すると、彼は私を待たせて、何やら自身のデスクでパソコン画面に向かってキーボードを叩いています。

総務部長をおかず、価格サイトで最安値チケットを検索

会社はカネがなければ存続できないが、節約だけでは成長、維持できない
会社はカネがなければ存続できないが、節約だけでは成長、維持できない
「なんでこんなことまで俺がやらなくちゃいけないんだよ!」

   何をしているのかとのぞいて見ると、営業担当の出張用航空券の手配でした。この会社では、3年前に総務部長が定年退職してから人件費の圧縮目的で後任を置かず、管理部門のトップをも兼務しています。

   社長がそんなことまで!? 疑問を投げかけると、彼はこんなグチを漏らしました。

「担当に任せておいたら、平気で高い航空券を買っちゃうんだよね。代理店を使ったりしてさ。航空券にしろOA機器にしろ、いろんなサイトを比較して最安値を狙わないとダメでしょ。社員にはそういうノウハウも知恵もないから、俺がやるしかないわけさ」

   一見理にかなっているように聞こえますが、どこかズレているなと思っていると、今度は幹部たちとのやり取りが始まりました。彼は、技術部長、営業部長を次々呼びつけ、気になるところを忘れないうちにと指示していました。

   技術部長には「部品の仕入れ値をもっと下げる努力をしろ」「スタッフの残業代を減らせ」。営業部長には「成約の際の値引き幅が大きすぎる」「成果のない地方出張を減らして旅費を圧縮せよ」などの指示。

   N社長の関心事はどの部門の話にしても、すべておカネの節約の話に終始しているのです。しかし、たまたまその日は偶然が重なったのかもしれないと思い、食事の際に「今日の部長への指示、おカネがらみの話が多すぎやしないかい」と水を向けてみました。

   すると社長は、「誰だって他人の財布のことなんか真面目に管理しないだろ。俺にとっては会社の財布は間違いなく自分の財布だからね」と当然のように言うのです。

守勢に走りすぎて成長が止まり、廃業する会社もある

   そして、やることがたくさんあるので忙しくてしようがないといいます。

「技術、営業、総務、すべて俺が見ているんだから、忙しくて仕方ない。これで業績がいいなら愚痴も出ないけど、ここ何年もジリ貧なんだよね」

   二代目、三代目がトップの座に着いて、先代が築いた会社の蓄えを知ると、自分がそれを守れるか不安になってしまいがちです。すると、経営者がなすべき「会社を維持、成長させる策を構想し、推進する」という本来の役割がおろそかになってしまいます。

   各部門に目を配っているように見えるN社長ですが、これではゼネラリストとは言えません。細かなムダを省くことも大事ですが、それだけでは会社は生き残れないからです。前向きな策を打ち出す役割の経営者が、専守タイプの「金庫番」では問題です。

   社員たちも従順で、社長の指示するカネの課題をこなすことに精一杯で、他の問題意識は生まれていないように見えます。「ジリ貧」を脱するには、社長の気づきが欠かせないように思えました。

   社員にコスト削減の工夫をするよう方針と目標を伝えたら、具体的なやり方は任せ、社長は会社により大きなプラスをもたらす前向きな仕事に専心すべきでしょう。

   守勢に走りすぎて成長が止まり、廃業の道を選ばざるを得なくなった会社も数多くある――。そんな私の話を彼は神妙に聞いてはいましたが、果たしてどこまで真意を理解してくれたでしょうか。一度「金庫番」になるとなかなか抜け出せません。折を見てまた訪問し、様子を見てみたいと思っています。(大関暁夫)