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「真のブラック企業」より「ワタミ」「ユニクロ」が叩かれる理由

   ニュースなどでもご存じのとおり、文藝春秋(以下「文春」と表記)を名誉棄損で訴えていたユニクロ(正式にはファーストリテイリングなど2社。以下「ユニクロ」と表記)が敗訴した。これは、「週刊文春」内の記事や、文春から刊行された書籍『ユニクロ帝国の光と影』において、「従業員に過酷な労働をさせている」といった記載があったことで名誉を傷つけられたとして、ユニクロが文春に計2億2000万円の損害賠償などを求めた裁判である。

   判決では「取材した店長の話は具体的で、記事の重要部分は真実と認められる」と判断。同じく記事内に記載のあった中国の劣悪環境工場についても「記者の取材内容や経緯から真実と判断する相当な理由がある」とした。ネット上でも「ユニクロが裁判所から"ブラック認定"された」などと盛り上がっていた。

経済誌も「ブラック企業」関連特集

今日も残業か…
今日も残業か…

   そして話は少しさかのぼるが、今年(2013年)8月、労働問題に取り組む弁護士や大学教授、労働組合関係者らが主催し、日本におけるブラック企業の頂点を決めるイベント、「ブラック企業大賞 2013」の授賞式が開催された。その「大賞」と「一般投票賞」を受賞したのは、大方の予想通りワタミだった。

「ブラック企業大賞唯一の2年連続ノミネート」
「一般参加のWeb投票では70%がワタミを選ぶ」

など不本意な記録更新のオマケつきである。

   また、ほぼ同時期に

「入社2か月で社員が過労自殺」とか、
「グループの介護施設利用者が死亡する事故が複数発生」とか、
「共産党が参院選の選挙演説でワタミを公然と批判」

など、いろいろと印象的な出来事が重なったこともあり、ワタミもすっかりブラック企業というイメージが定着している。

   こうした流れは単にネット上だけの出来事ではない。経済誌「日経ビジネス」の今年4月15日号特集「それをやったら『ブラック企業』」の経営者インタビューに、「ユニクロ」の会長兼社長が選ばれるなどしている。

知名度の高さが影響

   とはいえ、「ユニクロ」「ワタミ」の両社が属するアパレル業界や飲食業界には、同社よりさらに劣悪な労働環境を従業員に強いる会社は多々存在している。労務管理に違法性がある会社はもちろんのこと、月に300時間以上の労働時間、厳しい社員教育、重いノルマ、体育会系の社風や古い企業体質など、ブラックな職場はごまんとある。中でも上場している両社はまだ「だいぶマシ」なほうと言ってもいいくらいだ。

   ではなぜ、「ユニクロ」と「ワタミ」ばかりがブラック企業の象徴のように批判を集めているのだろうか。この理由は、次の3つの要素から分析できる。

(1)幅広い世代、地域で話題を共有できる

   「ユニクロ」「ワタミ」の店舗は全国に存在する。それだけ認知度が高く、多くの人が店舗を訪れ、商品を手に取り、飲食した体験がある、という点が「共通言語」を生み、批判が拡散しやすくなるのがポイントだ。

   逆に、一般的な知名度が低い中小零細企業や、BtoBビジネスの企業、事業展開が特定の地方や世代だけに限られている企業は「どこそれ?知らない」でハナシが終わってしまい、いくら違法性があったとしても話題にさえならない。知名度がなければ当然、ブラック批判の対象となることもない。

(2)経営者がよく知られている

   ブラック批判されるとき、企業自体のみならず、その経営者も対象となることがある。しかし件の経営者の名前や顔、個性が分かりづらい企業の場合、批判の矛先は向きにくいものだ(余談だが、「しまむら」の現社長は島村さんではない)。

   ユニクロの柳井氏やワタミの渡邉氏の場合、メディア出演の機会も多く、広範な消費者がその名前を聞き、顔を思い浮かべることができるほど知られた存在だ。それゆえに、経営者の知名度がない企業よりは批判されやすくなってしまう。

   あとは会社が儲かっているとか、多額の個人資産を持っている、といった面も「なぜ社員に還元しないのか」などと感情的に批判する人を生んでしまっているだろう。

   (ちなみに、渡邉氏は現在ワタミの社長ではなく、代表権も持っていない。肩書は「非常勤取締役会長」であるが、ワタミといえば渡邉氏のイメージだろう)

本当の意味で働きやすい労働環境を実現するために

(3)採用時と就職後のミスマッチがある

   ワタミの渡邉氏は、財界や起業を目指す若者の間では「一代で外食・介護大手のワタミグループを築き上げた立志伝中の人物」であり、「発展途上国の子供たちへの教育支援活動を熱心に行う篤志家」と認識されている。日本経団連理事、教育再生会議委員、神奈川県教育委員会教育委員、そして参議院議員も歴任する大物でもあり、テレビ番組のコメンテーターとしても活躍していた。「業界大手企業だから…」「有名人の経営する会社だから…」という理由や、「地球上でもっとも多くのありがとうを集める」というミッションに共感して同社を選んだ人も多いだろう。

   また、ユニクロが今のような批判を受けるようになるまで、その労働環境や社風について知る人はあまり多くはなかったはずだ。むしろ同社は「積極的な世界進出を志し、革新的な商品を打ち出す新進気鋭のSPAチェーン」というイメージが強かった。

   渡邉氏や柳井氏の言葉に嘘はなく、確かに有言実行していた。しかし両社では、採用段階で「当社は厳しい」と明確に説明していなかったのではないか。「若手を厳しく鍛える」という方針がうまく伝わっておらず、入社前に抱いていた職場イメージと、実際の現場に大きな乖離があったから、ミスマッチを感じた社員が「ブラック」と騒いだことも一因として存在する。

   このように、ワタミやユニクロがブラック批判を集中的に受けた背景には、その商品や店舗、そして経営者の認知度が高く、誰にとっても批判しやすかったという事情がある。

   では、両社の職場環境が改善し、ブラック批判が収まれば問題は解決するのだろうか?決してそうではない。実際には、ワタミやユニクロに対する批判がバカらしくなるほど「ブラック度」の高い企業はたくさんある。ある意味、批判の矢面に立ってくれている両社の影に隠れた真のブラック企業を撲滅しない限り、本当の意味で働きやすい労働環境を実現することはできないのだ。(新田龍)