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食品偽装をうんだ「ウラの規範」 「何としても粗利率上げろ」が企業理念を蝕む

   おもてなし産業の先頭を走るべきホテルで相次いだ「メニュー表示偽装」。一連の不祥事のきっかけを作った阪神阪急ホテルズのシンボルマークは、経営の基本方針である4つのHをモチーフにしているそうだ。

Hospitality 顧客感動 お客さまの心に響くおもてなし
Humanity 従業員満足 従業員の人間性と個性のはぐくみ
Honesty 企業倫理 誠実な企業市民としての取組み
Harmony 社会貢献 地域社会との調和とふれあい

   これらはどれも美しいスローガンであり、利用者に安心感を与えるが、同ホテルチェーンの23店舗、47商品で、メニュー表示と異なった食材を使用した料理が提供されていたことが明るみに出た今となっては、皮肉に響くだけだ。

掲げられた規範とは異なる不文律の価値観

美しいのは表面の言葉だけ?
美しいのは表面の言葉だけ?

   不祥事の発生原因について、阪急阪神ホテルズのトップは当初、「メニューを作成する調理担当、食材を発注する購買担当、メニュー表示を担当するレストラン・宴会(サービス)担当、さらには食材を納品する仕入業者との間に情報伝達と連携に不備があった」ためであり、意図的な偽装ではないと説明した。しかし、記者会見等での弁明が、社内の事情説明に終始し『お客様目線』に欠けているなどの厳しい批判にさらされ、「偽装と受け取られても仕方がない」と社長が辞任する事態に自らを追い込んでしまった。

   さらに、一部新聞・雑誌記事には、リーマンショックで売上が減り、原価低減のプレッシャーから意図的な偽装が長らく行われていたことを窺わせる「内部関係者」のコメントも掲載されていた。

   阪神阪急ホテルズは、不祥事の原因究明と再発防止の徹底を期するため、弁護士による第三者委員会に調査を依頼した。同委員会には、一切手加減せずに真実を究明してもらいたい。そして、意図的な偽装が明らかになったら、関与者全員を厳正に処分し、悪しき慣習を絶ち切る再発防止策の実践を厳しく勧告すべきだ。そうしなければ、トップを替えるだけでは何も変わらず、経営理念はむなしく響き続け、いよいよ信頼は地に堕ちるだろう。

   米大学の行動倫理学者が書いた『倫理の死角』という本は、「非公式の規範」が従業員の倫理観に及ぼす悪影響について指摘している。組織には、上記4Hのスローガンのような公式に掲げられた規範とは異なる不文律の価値観が現場で幅を利かせていることが少なくない。そのような非公式な規範は、上に立つ者の日々の言動や部下に対する実質的な評価(どんなことをする人がエラくなるか)などを通じて従業員が「感じ取る」もので、悪しき規範が徐々に「本当の価値観」となって、もはや公式な規範は歯が立たなくなってしまうそうだ。

「本音と建前という裏表の組織文化」一掃を

   現場の上司が、HospitalityやHonestyよりも「何としても粗利率を上げる」ことを重視し、そのとおりにする者が高い評価を受けるのであれば、部下たちは徐々にその「基準」に従って行動するようになる。あるいは、本当に4Hを重視する者たちは、幻滅して会社を去るか、見過ごせずに内部通報をし、それが無視されれば外部に告発するであろう。

   「メニュー表示偽装」を起してしまったホテル・旅館のトップは、現場にどのような非公式の規範が浸透しているのかを見極め、企業理念に反する悪習を本気で絶つ覚悟が必要だ。倫理綱領を作り替えたり、倫理研修を実施したりするだけではダメで、組織風土の根っこに自ら手を突っ込んで変えなければならない。

   阪急阪神ホテルズの新社長には「コンプライアンスと収益を天秤に掛けることは絶対に許さない」「どんなに儲けようが、4Hに反する行動をとる者は当社には必要ない」と宣言し、その決意を自らの言動はもちろん、経営方針、人材の採用、人事評価などに確実に反映させてもらいたい。公式と非公式、本音と建前という裏表の組織文化を一掃する。難しいが、不祥事の根絶にはそれしかない。(甘粕潔)