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「ブラック企業」を淘汰し、「バラ色企業」の時代にするために

   新語流行語大賞 2013のトップテンに入るくらい注目された「ブラック企業」。今年は私も、個別ブラック企業の悪事を暴く一方で、全国各地の企業や商工会議所、そして労働組合などから「自社をブラック企業にしないための心得」といったテーマで講演、研修依頼を多々頂き、関心の高さを実感した1年であった。

   さてそんな年末も押し迫った12月17日、厚生労働省から「ブラック企業への立入調査結果」について発表があったことは、皆さん報道でご存知の通りだろう。

   正式名称は「若者の使い捨てが疑われる企業等への重点監督の実施状況」。今年9月を「過重労働重点監督月間」と設定し、いわゆる若者使い捨て系ブラック企業への監督指導をおこなった結果が明らかになった。

   結果として、全国5111事業所に調査が入り、その8割、4189事業所で労基法違反があったことが判明したのだ。うち、「違法な時間外労働」が2241事業所(43.8%)、「賃金不払残業」が1221事業所(23.9%)、「1か月の時間外・休日労働時間が80時間超」が1230事業所(24.1%)といった具体的な数字も明確になった。

   本件についても、メディア各社から多数の取材を受けてコメントさせて頂いた。ただ尺的にすべて報道されることはないであろうから、補足も含めて以下に要点を表明しておきたい。

今回の数字は、これまでの労働行政の必然的結果である

変わるのか「残業称賛」文化
変わるのか「残業称賛」文化

   もちろん、違法状態を看過している企業に問題があるわけだが、「この程度の違法は当たり前」という雰囲気を創ってしまったのは他ならぬ労働行政であり、司法判例である。

   これまでも繰り返し述べてきたが、現在の労働法規は、終戦直後の不当解雇が横行していた頃に成立したもので、解雇規制が厳しい割に、他の法規違反には比較的柔軟な対応をしている。解雇には厳しく向き合う一方で、サービス残業などについてはほぼ黙認状態であったわけだ。

   したがって、法規制としては存在してはいるものの有名無実化しており、それが既成事実となってしまっていることがそもそもの問題なのだ。

   そのせいもあろうか、

「労基法を完璧に守ってたらビジネスなんてできない」

と堂々と言い放つ経営者も多く存在している。

   しかし、ビジネスで価値を創出し、適正な利益をあげ、適法な労働環境で運営できている会社が実際に存在しているわけだから、そんなことを言ったり、共感したりする者は、自らが能無しであることを告白しているようなものだろう。

今後、経営側の責任はますます重くなっていくだろう

   また最新のニュースとして、12月24日、柏労働基準監督署が大手学習塾運営企業に対して「過去2年分の残業時間を1分単位で再計算し、未払分を支払うよう是正勧告した」ことが明らかになった。

   もともと労働基準法では、「賃金は働いた分を全額支払う」ものと定められており、残業代は1分単位で発生する。しかし運用上、15分や30分単位で残業時間を管理し、端数を切り捨てて処理することも多く見受けられる。これまであまり問題にならなかったような点だが、このように細かいところまで指導が入ったこと、そして国民年金についても、厚労省が滞納者への強制徴収に踏み切る方針を打ち出したことで、ますます指導は厳しさを増していくことが予想される。

   厚労省としては、「適正に労働時間管理をおこなえるようなシステムを整備せよ」「労働時間を適正に把握するための責任体制の明確化とチェック体制を整備せよ」と指導しており、経営者側が法に則って適切に対処しなければならないプレッシャーは重くなろう。

   とはいえ、そもそも残業代というシステムはおかしな制度だ。

   よくよく考えれば、与えられた仕事を定時でこなし、残業せずに帰れる者が偉いはず。残業している者はむしろ仕事が効率的にこなせない「ダメ社員」と思われてよいのに、なぜか「会社に貢献している」と認識される。さらには仕事を早く終えて帰ろうとすると「余裕がある」と思われ、どんどん仕事が増えてしまって割に合わない。このような悪平等が根本から断ち切れないと、日本の労働環境が良くなることはないだろう。

……と、こんなことを表明すると決まって

「お前は何も分かってない。残業とか定時とか関係なく、こなせないくらいの仕事をムチャ振りするブラック企業があるから問題なんだろうが!」

などと、なぜか私が叩かれたりする。

   大丈夫。そんなブラック企業を淘汰させることはできる。ただし、「対症療法」ではなく、根本から変革する「問題解決」が必要だ。

日本をどのような国にしたいか、というレベルの判断が求められる

   ではどうしたらいいのか。大まかに判断は2種類に分かれるだろう。

   おもに共産党が主張しているような「規制厳格化」路線か、逆に規制を緩和する「雇用流動化」路線かだ。

   前者は「サービス残業が発覚した場合、残業代を2倍にする」とか「労基署職員を増やし、労基法違反は厳罰化する」といったやり方だ。

   しかし、既存法でも「残業は違法」と明確に定義されており、その法さえロクに守られていないのに、更に厳しくしたとしても違法企業とのいたちごっこが続くだけではなかろうか。

   私個人の意見としては、後者の「流動化」こそより現実的だと考えている。流動化には「解雇規制緩和」の議論がつきものなので、必ず感情的な反発とセットになってしまうのだが、一度真剣に向き合った方がよい。

   そもそもなぜブラック企業の社員は、厳しい労働環境なのに辞めないのか?

   多くは、「辞めたくても辞められない」からだ。なぜなら「失業時の保障が手薄」であり、かつ「正社員の採用基準が厳しく、再就職しにくい」からだ。

   雇用保険料の料率は健保や年金に比べてケタ違いに低く、失業リスクが高い。かつ正社員は法規制によってクビにしづらいから、採用側は「絶対に間違いない人を選びたい」と考え、採用基準は必然的に厳しくなる。

   ということは逆に、雇用保障を企業側の責任に押し付けるのではなく、国が引き受けてセーフティネットを整備し、同時に解雇規制を緩和すれば「お試し」的に採用ができるようになり、新たな雇用が生まれる可能性が高くなろう(企業側も、「転職回数で人材価値を判断する」といった基準からのパラダイム転換が求められるが)。

   このような形で人材の流動化が進めば、ブラック企業からは躊躇なくどんどん人材が流出し、中長期的には淘汰されていくはずだ。

   労基法制定時から産業構造も社会情勢も変化した今、労使双方にメリットがある労働市場の流動化策を促進すべく、抜本的に現在の枠組みを見直すタイミングが来たと考えていいだろう。(新田龍)