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出向銀行マンを襲った「トンデモない濡れ衣」 社長の説明不足が悲劇を生む

   銀行時代の同期も続々取引先出向となる年代になりました。そんな一人Uさんと飲んだ席で興味深い話を聞かせてくれました。

「いやぁ出向当初は大変だったなぁ。社長には順調に気に入ってもらえたものの、他の幹部社員がどうも打ち解けてくれなくてね」

「外から来て次期社長の座を狙っている太いヤツ」

「幹部社員なら分かって当然」と説明不足だと…
「幹部社員なら分かって当然」と説明不足だと…

   Uさんは銀行取引先の電機部品メーカーに1年前に出向。取締役総務部長として二代目社長補佐役の企画・総務担当役員を期待されての入社でした。取締役は他に技術畑2人、営業畑1人の計3人。幹部間の人間関係で苦労したというUさんの話を聞いた私は、銀行からの出向者に対する生え抜き幹部にありがちなよそ者イジメかと思ったのですが、よくよく聞いてみると事情は少しばかり異なっていたようでした。

「出向当初に社長から『うちの弱点でもある企画・総務面の右腕として専業的な私のフォローを頼む。他の部門には勝手な口出しは絶対するな』と言われていたこともあって、とにかく総務的な立場からサポート役に徹し社長を立てることに専心したのだけど、どうも僕の業務姿勢がなぜか他の取締役方のお気に召さなかったようなんだ。社長も徐々におかしなムードに気づいたのか、遂には『仕事はともかく、社内の人間関係がうまくいかないなら辞めてもらうことになる』とまで言われてしまい、どうしたものか随分悩んだよ」

   困った彼は、酒の席などを使って他の社員に自分の社内での評判を聞いて回ったと言います。それで分かったことは、銀行から「社長の右腕」を見込まれて来た新役員は、「建設的な意見のひとつも言わず社長とマンツーマンで打ち合わせばかりして迎合しているゴマすり野郎」、挙句には「外から来て次期社長の座を狙っている太いヤツ」とまで言われていたようで、そんな会社のことを何も分からないイエスマンをわざわざ外から受け入れる必要があるのかと陰口を叩かれていたのでした。

   詳しい実態を知ったUさん。自分の仕事は社長の期待に沿うものなのに、なぜか他の役員からは受け入れられるどころか陰口を叩かれている。そんな理不尽な状況下を苦痛に感じ、健康を害する寸前までいってしまったそうです。

危険な「幹部社員なら分かって当然」

   Uさんに対する批判は、自分に社長から与えられたミッションが他の取締役にしっかりと理解されていないから起きている、それはそもそも社長の説明不足が原因なんじゃないのか、という結論に至り、悩みに悩んだ末に思い切って社長に直訴することにしました。

   すると社長は、「私は生え抜きの三取締役には事前に『銀行から企画・総務担当の人材を受け入れることにしたので、よろしく頼む』と言ってあるのだから、君の立場や役割を理解できていないはずがない」と、当初はその程度の説明しかしていなかったにもかかわらず全く意に介さなかったそうです。

   Uさんに対する生え抜き取締役からのきつい風当たりは、結局「みんな私がなぜ銀行から人を受け入れたのか、彼の役割も含め当然分かっているハズだ」との思い込みで十分な説明をしなかったことが原因だったのです。社長はどこまでいっても社長ですが、取締役といえども社員は社員、所詮はサラリーマンです。社員として自分のポジションを気にする立場である以上、社長から明確なミッションの説明がないなら、同列の新たな取締役登場はライバル出現であり、自分との比較対象的な見方になるのは当然なのです。

「僕は生え抜きの人たちのポジションを脅かそうなんてこれっぽっちも思っていないし、ましてや技術の専門知識もない僕が次期社長の座を狙うなんてあり得ないですよ。本当にひどい濡れ衣だったわけです」

   結局社長はUさんの必死の直訴を受けて事態を理解し、社長を含めた全役員が酒を酌み交わしながら腹を割って話をする役員懇親会を毎月開催することになりました。それからは徐々に誤解も解けて三取締役もUさんのミッションを理解し、今ではすっかり好意的な姿勢に変わり、当初の誤解は笑い話になるところまできたそうです。

   このような人事問題に限らず、「全部は言わなくとも、自分の考えは分かっているはず。ましてや幹部社員なら分かって当然」という考えの下に、社長が十分な説明をはしょって物事をすすめることはありがちなのですが、これは非常に危険です。求心力の低下、社内の不協和音を感じたら、先導役である社長の説明不足を疑ってください。社長の説明不十分な言動に対する周囲それぞれの勝手な理解の錯綜は、最終的に人材の流出など取り返しのつかない事態も招きかねないのです。(大関暁夫)