J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

「不正の兆候」生かせず被害15億円 「異常行動」はなぜ見逃されたのか

   日本を代表するエレクトロニクスメーカーのグループ企業A社の経理部マネージャーBが、8年以上にわたって着服を繰り返していた。被害は15億円以上に上り、Bはそのすべてを競馬、FX、ロトなどにつぎ込んだという。

   「内部統制が行き届いているはずの一流企業で、なぜこんなことが」と疑問の声が上がるだろうが、何十という子会社を抱えていると、親会社としてすべてに目を光らせるのは不可能だ。孫会社、ひ孫会社になると実態は中小企業で、経理を一人に任せているところもあるだろう。

「任せる」が「任せきり」に

「監査前日に1人で夜遅くまで残業」って…
「監査前日に1人で夜遅くまで残業」って…

   問題は「任せる」が「任せきり」になってしまうところだ。今回の不正でも、A社は会社分割によりエレクトロニクスメーカーの傘下に入った経緯もあり、経理部門の人員は、分割前の15人程度から部長(役員が兼務)も含めた4人に減り、入社以来経理一筋のBが、実質的に一人で現金・預金の取り扱いを仕切るようになった。着服に手を染めたのは、会社分割からわずか1か月だった。

   Bは大学時代からパチンコが趣味で、入社してからは競馬にはまり込んでいった。当初は小遣いで賄える範囲だったが、負けは必ず取り返すという性分がたたり、借金の清算で家族に迷惑をかけるまでになってしまった。家族の手前、ギャンブルをやめたことにしたが、密かに続けていたらしい。

   始まりは、経理部が金庫内に保管する小口現金の着服で、つい出来心で数万円を「拝借」し、競馬で儲けて元へ戻そうという典型的なパターンだった。しかし、案の定、負け続けて家族に泣きつくこともできず、一人悶々としながら、小切手の不正換金、ファームバンキングの悪用へと横領の手口は発展していった。

   会社の事情聴取にたいしてBは「小切手を最初に着服したとき、もう引き返せないことになってしまった」と語ったそうだ。そうなる前に摘発できていれば、会社はもちろんB自身も救われただろう。Bは刑事告訴され、着服期間や被害総額から見て実刑判決を受ける可能性が高い。

売掛金、仮払金などの動きも要チェック

   この事件、発覚のきっかけは偶然といえる。2013年4月にBの上司となったグループマネージャーが、事務処理ミスが目立つ事業部門の改善を図るために経理の数字を見直したところ、売掛金のデータにおかしな点があることに気づいた。

   当初は入力ミスだろうと思い、売掛金を管理するBに原因分析を指示。しかし、Bの対応は消極的で、何度督促しても明確な報告がないため、見かねたグループマネージャーが自ら精査したところ、「預金が減少して売掛金が増加するような実際には頻発するはずのない仕訳伝票」をBが多数作成していることがわかった。

   Bは当初、間違って入金された売掛金の取消処理をしたなどとあいまいな説明をしていたが、会議室でグループマネージャーに詰め寄られ、ついに観念して着服を認めた。

   金庫から現金を盗むと、当然、帳簿上の数字と合わなくなり、そのままでは簡単に見つかってしまう。そこで「隠ぺい工作」が必要となるが、そのときによく使われる勘定科目が、売掛金や未収入金、立替金、仮払金などである。帳簿上の現金を減らして金庫内の残高と合わせ、その分売掛金などを水増しして帳尻を合わせるのだ。

   しかし、無理やり合わせるため、Bがやったようなあり得ない仕訳が目立つようになる。そこで、現金精査においては「帳簿の数字と金庫内の残高が合っているか」をチェックしただけではダメで、帳簿改ざんに悪用されそうな勘定科目である売掛金、仮払金などの動きも同時に目を光らせなければならない。

「監査の前日は、1人夜遅くまで残業」

   社内調査委員会の報告書によれば、発覚の3年くらい前から、事業部門から売掛金の明細に不明な点があると指摘を受け、経理部内でBの経理処理を疑問視する声があったそうだ。なぜそれがうやむやになってしまったのか、残念でならない。

   また、次のような不正の兆候も見過ごさずに、キッチリ対応していればと悔やまれる。

・銀行預金の残高証明書を偽造した際、金額を切り貼りしたため「数字がガタガタになった」とBは供述している。

・同僚によれば「監査の前日は、Bが1人夜遅くまで残業しており、監査室に提出する書類についても直接監査室に提出すると述べて他の経理部員には決して渡さなかった」そうだ。これは、不正を隠そうとする典型的な異常行動だ。

   恐らく「まさか、うちの会社で(自分の部下が)横領なんて」という先入観があったのではないか。「カネに困れば誰でも着服の誘惑に駆られる」「もし、経理担当者が着服するとしたらどうやって隠すだろうか」という懐疑心をもってチェックすることの大切さを改めて痛感する。(甘粕潔)