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「仕事のできる経営者」が陥るワナ

   以前仕事で御世話になったA社のM社長さんと、久しぶりに会食しました。

   私が仕事でお付き合いしていた7~8年前はよくある一介の下請け製造業でしたが、技術者である社長の特許技術と社員増員による社内分業体制の確立、さらには社長営業での他社とのアライアンス(同盟・協力)体制の確立による販路の劇的拡大によって、今や上場も視野に入るほどの発展を果たしました。自分がお手伝いした企業が、こうして順調に成長してくれるのを見るのは、コンサルタント冥利に尽きるところです。

「社長リスク」は市場から好感されない

ビジネスには、足し算・掛け算だけなく、引き算・割り算もある
ビジネスには、足し算・掛け算だけなく、引き算・割り算もある

   A社は現在、監査法人や証券会社の御世話になりつつ2~3年後の上場準備に入ったといいます。技術力があり、販路もしっかりしていて市場にも成長性が期待でき、財務内容も悪くない。しかし、各専門家から共通して指摘を受けM社長が頭を悩ませているのは、既に60代の坂も折り返しに入った社長の後継と後継体制構築のようでした。

「『社長リスク』は市場から好感されないから、上場までの間に後継体制をなんとかしろと言われているんだよ。売上が劇的に増えて会社が大きくなっても、お手伝い頂いていたあの当時とその点だけは変わらなくてね。技術者の僕には営業まではできても、どうも人を育てることは苦手だね。どうしたものだろう」

   私が知る7~8年前の社内はと言えば、社長は超が付くワンマンで「なぜ、俺と同じようにできないんだ!」が口癖。当時、そんな社長に対して社員から聞こえてきていたのは、「社長は社員に対する要求が高すぎる」「僕らに社長と同じレベルを求められても無理というもの」という声でした。社長の話を聞いていると、どうやらその部分だけは会社が大きくなり上場を視野に入れた今も変わっていない様子でした。

ビジネスにおける「引き算」「割り算」とは

   社長からすれば、「努力で叩き上げた自分にできたことが、社員に出来ないはずはない」ということなのですが、私も当時はともかくその後の経験を経て、そのような考えは往々にして仕事が出来る経営者ほど陥りやすい過ちではないかと思うようになりました。A社をはじめ多くのできる社長の下で働く社員が口にするのは、「努力できるかどうかだって能力のうち。社長は会社を立派に運営できるような器の人なんだから、僕らとはそもそも能力がちがう」ということ。これは、至極真理であるように思えるのです。

   そこで私は数多くのケーススタディから学んだ、仕事のできる経営者だからこそ心掛けるべきことを少しお話ししました。

   仕事ができる経営者は、確実にビジネスにおける足し算と掛け算が得意です。足し算は、仕事の拡大に向けて部下を増やして役割を分担させ、社内の協力体制を構築する1+1を2に、あるいは3や4にまで増やして組織をより増加基調でかつ効率的に運営する足し算です。掛け算は、営業力を駆使して外に人脈を広げ、他社とのアライアンスにより自社1社では到底できなかったであろう業務や販路の飛躍的拡大を実現する、まさに掛け算的事業拡大。

   拡大志向の足し算や掛け算は企業を成長させていく上では不可欠なものであるのですが、足し算や掛け算だけではどこかで必ず行き詰ってしまうのもまたビジネスなのです。そんな折に必要なことは、調整局面で我慢をしたり、状況に応じて目標ステージを割り引いて考えたりといった、どこかのタイミングで踊り場を設けるような引き算や割り算です。足し算、掛け算で企業を成長させ、さらにその先の発展ステージにまで持ち上げられた経営者方を見るに、引き算や割り算も上手な人ばかりだなと実感することしきりなのです。

過度に期待しすぎない教育姿勢

   特に長期的な企業成長のカギを握る人材育成においてはなおのこと、引き算、割り算が求められるのです。人材育成が上手な経営者は皆、理想像として社長自身を基準に置きながらも、自分と同じものを期待せず社長の理想からの引き算や割り算で、何かを大目に見ること、何かに目をつぶること、すなわち過度に期待しすぎない教育姿勢が必ずそこにあると感じています。

「なるほど引き算に割り算か、うまいこと言うなぁ。猪突猛進型の僕だから、それは考えたことがなかったね。参考にさせてもらうよ」

   人並み外れて優秀なA社長のことですから、ここまで足し算や掛け算中一辺倒できたこの先に引き算と割り算を上手に織り込んでいくことで、後継体制も確立され、きっと当面の目標である上場を達成して、次世代に立派な会社を引き継いでいけることと思います。(大関暁夫)