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メンテナンス費用「水増し」の巧妙手口 こうして2億円超が消えて行った

   ITなしには仕事が回らない時代。どんなに小さな組織でも、パソコン、複合機、携帯電話などの電子機器を利用しているだろう。そして、それらが故障したり、古くなったりすれば、専門業者のメンテナンスサービスを利用する。

   ところで、皆さんの会社では、そのようなサービスの請求書を毎回細かくチェックしているだろうか。メンテナンス費用はバカにならないが、まさか、業者が請求書の金額を水増しするとは思わないだろう。有名企業の名前があれば、いちいち明細をチェックせずに支払っているかもしれない。

担当者名で印鑑を偽造

病院に対して不正請求が…
病院に対して不正請求が…

   しかし、不正対策に「まさか」は禁物。今回取り上げる事件は、そう警鐘を鳴らす。

   医療機器の販売を行う上場企業A社の営業所において、営業担当者が約7年にわたり、主要取引先であるB病院に対する保守点検や修理サービスの水増し請求を繰り返し、約2億6000万円の損害を与えていた。

   単に自分の営業成績を水増しするだけでなく、取引先から金銭を詐取するという点で非常に悪質な行為であり、不正を行った社員は懲戒解雇等の厳しい処分を受け、A社も国立病院機構から指名停止等の処分を受けた。

   2014年2月に公表された調査委員会の報告書によれば、不正請求に関与したのは3人だが、係長Cによるものが2億円以上と大半を占める。調査委員会が確認した限りでは、Cが最初に不正に手を染めたのは2006年2月であるが、それ以前の伝票類は既に廃棄されているため、不正の全容は闇の中といえるだろう。

   Cが多用した手口は、保守点検や修理サービスの請求書に、作業実態のない内容を書き込んだり、メーカーへの修理委託や部品交換をしたように偽ったりして、架空請求や水増し請求を行うというものであった。不正を隠ぺいするため、B病院の担当者名で印鑑を偽造して「修理点検報告書」をねつ造し、修理委託や部品仕入の費用も不正に計上して辻褄を合わせていた。

異例取引にこそ不正リスクあり

   そのような不正をすれば、会社側や病院側のチェックですぐに発覚しそうなものだが、なぜ、7年間も見つからずに続けられたのだろうか。その疑問に答えるキーワードは「例外運用」「マイナーな業務」「担当者の長期固定化」である。

   A社の発行する請求書は、原則として、本社の管理部門が基幹業務システムから一括出力し、各取引先へ直接送付する。そのため、営業所の担当者が請求書を改ざん、ねつ造できる余地はない。しかし、一部の取引先については、従来からの慣行や要望などにより、各営業所で請求書を個別に発行することが例外的に認められていた。B病院は例外運用先であり、Cは営業所の端末を使って請求書を改ざん、ねつ造できたというわけだ。

   また、保守点検や修理業務は、A社全体の売上に占める割合が約2%とマイナーな分野であり、緊急対応が求められることも多かったため、「柔軟な」事務処理が容認される傾向にあった。そのことも、Cにやりたい放題をさせてしまう状況を助長したといえる。内部監査の対象にはなっていたが、形式的なサンプリング点検が中心で、取引先や業務委託先への聴き取りや現場の実査などは特に行われていなかった。

   「異例取引にこそ不正リスクあり」と考え、例外運用は極力なくすとともに、認める場合には全件厳しいチェックの対象とすべきである。また、請求書不正は、請求側と支払側の社員が共謀して行われる恐れもあるため、取引先へのヒアリングも有効な不正対策になる。

信頼関係を逆手にとって

   「担当者の長期固定化」は、不正リスク要因の定番といえる。Cは、1992年にA社に中途入社し、1998年にはすでにB病院の業務に従事。2003年からは、B病院の医療機器を集中管理する部署の担当となった。そして、保守点検・修理などの依頼を一手に引き受ける中で、Cは「自身が(B病院から)信頼を得ていると認識するようになった」という。

   長らく担当すると、取引先の事務処理体制の「穴」にも気づきやすくなる。Cの場合、B病院ではA社によるサービス内容を点検する現場担当者と、請求書を受け取って支払処理をする事務担当者が分かれており、事務担当者はサービス内容を直接チェックしないため、不正請求に気づかれないだろうという悪知恵が働いてしまった。

   長年同じ取引先を担当する中で得られる知識や信頼関係は、営業推進の潤滑油になる一方で、不正の温床ともなってしまう。信頼がもたらすこのような二面性にどう対処するかが、人事管理の難しいところであり、経営者はそのリスクを十分に認識した上で、適度な人事異動を行う必要がある。(甘粕潔)