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息子が大学卒業、いよいよ待望のプリンス入社か? それでも母親社長が「他社就職」を促した理由

   以前このコーナーでご主人の急逝を受けて突然社長のイスに座った女性経営者のお話を取り上げましたが、念願かなってご本人とお目にかかる機会を得ました。当時彼女の部下から聞いた話は、社長の真心こもったコミュニケーションが会社を変えたというものでした(素人奥様社長の「魔法の一言」 「前社長時より会社に活気」のヒミツとは)。

   中でも特に印象的だったのが、「○○さんがいてくれてよかった」の「殺し文句」が社員のやる気を引き出したということだったので、改めて事実確認をしてみることにしました。

「確かにそう思う場面はたくさんありますから、思わず言っているのかもしれませんが、ほとんど意識したことはないのです。でも『感謝』の気持ちを素直に示すことは、社長として決して恥ずかしいことじゃない。社員の皆に気持ち良く働いてもらうためには大切なことだと思います」

「社長からのありがとうメッセージボード」を設置

会社のボードに社長からのメッセージが…
会社のボードに社長からのメッセージが…

   そもそも彼女が「感謝」の気持ちを重要視するきっかけになったのは、独身時代のOL経験にあると言います。単調でつまらない事務仕事の毎日を楽しくしてくれたのが、社長の「○○さん、いつもありがとう。本当に助かるよ」の一言だったと。それがどれほど自分が仕事を続ける支えになっていたことか。より良い仕事をしようという意欲を生み出す励みになったことか。自分がもし人の上に立つような仕事をすることがあったら、必ずこれだけは見習おうと思ったのだそうです。

   そんな経験をヒントに最近始めたことが、「社長からのありがとうメッセージボード」の設置だそうです。執務室の脇に据えられた全員の当日の行動予定が書き込まれた大きなスケジュールボードの一角に、「社長メッセージ」のコーナーが設けられて、初めは伝達事項の徹底を目的に使われていたのが、次第に「Aさん、昨日の資料大変良くできていて感激!ありがとう」「Bさん、お客さまからBさんの提案におほめの言葉をいただきました。嬉しかった。ありがとう」「Cさん、いつも元気で明るい挨拶をありがとう」と言った、社長から個別社員に向けた「ありがとうメッセージボード」に変わってきたのだとか。

「人は仕事の見返りとしてより多くの報酬をもらったり、より高い地位を与えられたりすることは確かに嬉しいことです。でもそれは良い仕事をした結果に過ぎず、目的にはなりえないし、社員にとってそれが目的になってしまっては会社としても困るのです。目的はあくまでより多くの良い仕事をすることであって欲しい。だからこそ、社長は『感謝』の気持ちを伝えることで、社員がより多くのより良い仕事をしようとモチベーションアップするのを手伝うのが役割だと思うのです。私は、OL時代に当時の社長からそんなことを学びました」

ブラックと言われるか否かの分かれ道は、「感謝」の気持ちの有無次第

   今春、ご主人である先代が亡くなられた時は大学に入ったばかりだったご子息が、無事卒業されました。先代が亡くなった際には「大学を辞めて今すぐ会社を手伝いたい」と強く要望したものの大学は出るようにと説得され思いとどまった経緯もあったので、「いよいよ待望のプリンス入社」と社内の誰もが思ったそうです。しかし、社長はご子息に他社への就職を命じました。「なぜ」といぶかしがるご子息。「うちの会社は私が守ります。あなたは、もっと大きな会社の社長になるつもりでがんばりなさい」と送り出したのです。

   これには社員一同ビックリ。「社長業が軌道に乗って、ご子息が邪魔になっちゃったんじゃないか」。社内ではそんな噂まで聞かれたと言います。もちろん社長の真意は違いました。

   ご息子には、社員の気持ちを理解するために自社ではない会社で一社員として働いて、「感謝」の気持を学んで欲しいと思ったと。就職先でうまくいくならそれもよし、自社は社内で後継を探せばいい。時機が来て自社に入る気になるならそれもよし。その時こそ、一社員として苦労して学んだ「感謝」の気持ちを自社の経営に活かして欲しいのだと。

「世間で悪評高い大企業経営者をみてください。『感謝』の気持ちがないから『ありがとう』や『ごめんなさい』がちゃんと言えません。ブラックと言われるか否かの分かれ道は、すべてここではないでしょうか。経営者自身が『感謝』の気持ちをもってこれを言えるか言えないかで、会社は大きく変わってくるのだと思っています。どこで会社経営をするにしろ、息子にはちゃんと『感謝』を表せる経営者になって欲しいのです」

   素人から先入観なくいきなり経営者になった人だからこそ、また、突然苦労をしょって背水の企業経営を担わされた人だからこそ、テクニックではないマネジメントの真理が分かるのだなと、改めて実感させられた次第です。(大関暁夫)