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それでもボランティアには意味がある 「自己満足」「売名」論を越えて

   海外、特にフィリピンやカンボジアにいると、ボランティアのために訪れる人によく会います。同時に、ボランティアを経験した人から「ボランティアなんて、どぶ川にペットボトルでミネラルウォーターを注ぐようなものだ」というような意見も聞きます。

   そして、ネット上では、ボランティアをしようとしている人に、売名行為だとか自己満足だとかの批判的意見がよくつきます。

問題点に気付くことができる

どぶ川のほとりに屋台が建ち並ぶプノンペン
どぶ川のほとりに屋台が建ち並ぶプノンペン

   これらの言説は一面正しいです。短期的なボランティアでものを提供するだけでは、抜本的な改善は見込めず、ボランティアの期間が終わった瞬間に元の木阿弥に戻ってしまいます。そこにかけられたお金と労力は、一時の楽しみとして消費されるだけかもしれません。

   それでも、私はボランティアをするのは悪いことだとは思いません。

   先日カンボジアで聞いた話ですが、現地で学校を作ったところ、生徒がなかなか集まらないという問題が発生しました。学校を作った場所が悪く、生徒の家から遠く、生徒が通えないのです。

   現地でボランティアをしていると、このような問題点に気付くことができます。そして、その場で改善をすることができるのです。

   カンボジアの田舎では、それほど住居が密集しておらず、公共交通機関もありません。子供達が教育を受けるにあたってのネックとなるのが「足」なのです。これは、日本の都会に住んでいる人にはとても気付かないことです。

   じゃあ、どうするか?足を提供したらどうだろう?

   ひとつの手段として、自転車を提供することにしたそうです。ただ、カンボジアの田舎の家庭にとって数十ドルの自転車もそう簡単に買えるものではありません。そこで、まずは寄附を募り、自転車をプレゼントしたのです。

「ニーズを探る」というスキルが身につく

   日本の都会にいて、ただ漠然と途上国の貧しい人を救いたいといって寄附を集めても、その使い道を考えるのは難しいです。1年に3回も米がとれるカンボジアに米を贈ってしまう人もいます。でも、現地で活動をすると、こういう本当の問題に気付くことができ、有効なお金の使い方を見つけることができるのです。

   ボランティアに来る人の多くは自己満足で帰ってしまうかもしれません。でもほんの一部でも、現地の人の役に立つ人がいれば、それで充分な気がします。そして、こうやって現地で本当の問題に気付けた人は「ニーズを探る」というスキルが身につきます。このスキルはどんな仕事をするのにも役に立ちます。

   上記の問題点に気付いた方も、その後、この問題点を踏まえて現地でビジネスを始めたそうです。継続的にカンボジアの子供達が学校に通えるようにするためのビジネス。どんなビジネスを行ったか、皆さんぜひ想像してみてください。

   まずは現地に来ること、そして現地を知ること。そこに先進国の資本や知識を使うことで、長期的に現地の人を幸せにできるかもしれないのです。(森山たつを)