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「社長冥利に尽きる」 そう言わしめた部長の一言

   「社長冥利に尽きる」。社長方からはめったに聞くことのないひと言ですが、ある社長から思いがけずその言葉を聞き、なるほどと思う一件に出会いました。

   「冥利に尽きる」を辞書でひいてみると、「その立場にいる者として、これ以上の幸せはないと思う」とあります。たくさんの利益を上げ結果として例えば企業を上場させるに至ること、取引先の大手企業から自社の製品や技術をほめられ取引が拡大すること、自身がメディアに取り上げられて世間の注目を集めること・・・。これらの事柄は果たして、社長として「社長冥利に尽きる」事柄なのでしょうか。

フロア中に響き渡るような大声で怒鳴りつけることも

管理会計の仕事を・・・
管理会計の仕事を・・・

   恐らくそれは違うでしょう。これらの事柄に関して「これ以上はない」と思ってしまえば、その時点でそこがゴールになってしまいます。常に上を目指す姿勢であるべき経営者は、それではいけないと言えるからです。

   クライアント企業のアパレル製造T社のO経理部長は、2年前にガンが発覚し闘病中でした。50代前半とまだ若く、病状の進行を私もうかがうたびに気にかけていました。

   O部長は元々地元の別会社に勤めていましたが、15年ほど前にその会社が倒産。T社のY社長の兄で実質T社の親会社を経営する方と懇意だったこともあり、Y社長は、兄からの半ば強制的な斡旋を受け、O部長について「鈍重な感じの第一印象が悪く、気が進まなかった」けれど、「強引な兄に押し切られて」採用したのだそうです。

   O部長は、まじめで非常におっとりした性格。せっかちでワンマンなY社長とはどうにも肌が合わず社長は事あるごとにO部長を叱り、そのスローモーな動きにイライラさせられれば、フロア中に響き渡るような大声で怒鳴りつけることもしょっちゅうでした。そんな光景を目にするたびに、何もそこまできつい物言いをしなくてもいいのではないか、下手をすると辞めてしまうのではないかと、思ったものです。

   しかしある時に、意外な話を社長から聞かせられます。社内では「最も仕事ができる人」で通り、社長の信頼感が最も厚い実質ナンバー2のN営業部長から、前月の実績数字が経理から上がるのが遅すぎて困る、と社長宛クレームが入った時のことでした。その話を聞いた私は、N部長は社長の右腕なのだから、経理から月末時点でナマの数字を渡して管理会計の部分を営業主導で管理させたらいいのではないか、とアドバイスしました。

「悔いのないよう、あまり仕事に縛りつけない方がいいのではないか」

   すると社長はしばらく黙って考えてから、こう言いました。

「相手がN部長でもそれはダメだ。数字の管理は私がO部長に任せた仕事。仕事が遅いのは、任せた私の責任でもある。まじめで忠実で、信頼に足る仕事をしてくれる彼の姿勢には僕は感謝もしているから、裏切ることはできない。いつも文句ばかりたくさん言ってしまっているけど、その点は本当にありがたいことだと思っているのです」

   私はこの話を聞いた時に、社長はO部長にただならぬ信頼感を持って接しているのだということを初めて知ったのです。信頼感があるからこそ、厳しい言い方もできるのだと。しかし、O部長自身にそのことがどこまで伝わっているのかは、疑問に思っていました。

   1年ほど前の事です。ガンの発病以来、O部長の病状を気にとめては定期的に病状や治療の様子を聞いていた社長。友人の医師にその内容を告げると、「もしかするとO部長の限界は近いかもしれない。悔いのないよう、あまり仕事に縛りつけない方がいいのではないか」とアドバイスされたのです。

   悩んだ末に、O部長を自分の部屋に呼んでこう告げました。

「部長が早く病に打ち勝って元気になってくれることを祈っているけど、今はやりたいことがあるなら遠慮しないでやったほうが体にもいいのじゃないかと思っている。元気になったらまた会社に戻ればいいのだから、もしやりたいことや行きたい場所等があるのなら、仕事のことは気にしないで遠慮なく言ってくれ」

「好きなことをしろと言っていただけるなら・・・」

   すると、O部長はこう返したそうです。

「私は社長に拾っていただいて足手まといな存在にすぎませんが、こんな私に信頼感を持って接していただいて本当に感謝しています。好きなことをしろと言っていただけるなら、社長にひとつだけお願いがあります。働ける限り体が動く限り、社長のそばで仕事をさせてください。いつまで動けるか分からない私の希望は、それだけです」

   O部長は社長の内に秘めた信頼感をしっかりと感じとっていたのです。

   O部長は、亡くなる2週間前まで辛い体をひきづりながらも、会社に来て働いたそうです。葬儀から1週間後、会社を訪ねた私に、社長はO部長との2人だけの対話のことを話しつつ、「あれはいまだかつて経験したことのない、社長冥利に尽きるひと言でした」と目を潤ませながら言いました。そして「社員との信頼感に勝る財産はないと彼に教えてもらい、会社経営の考え方が少し変わりました」とも。

   社長から社員への信頼感が「社員冥利」を感じさせ、それが社員から社長への信頼感として返ってくることを感じた時、社長ははじめて「社長冥利に尽きる」を実感するのでしょう。そしてそれはまたゴールではなく、経営者として次のステージのスタートでもあるのだと思いました。(大関暁夫)