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入社1年生のリアル 「仕事による自殺」から解放されるとき

『ちょっと今から仕事やめてくる』(北川恵海著、メディアワークス文庫、税別530円)



   表紙カバーのイラストを見ると、ジュニア向けライトノベルのような印象も受けるが、ブラック企業を思わせる会社の新入社員「青山」をめぐる日常が、起伏に富む展開で描かれている。就職活動の回想も挿入されており、学生が自らの就活と1年後を相対化するには、先輩に話を聞くより手っ取り早い。

   2014年の第21回電撃小説大賞の「メディアワークス文庫賞」を受賞した作品。著者は大阪出身の30代の女性で、自らの経験も取り込んだとインタビューで明らかにしている。いまどきの若者が就職した後に直面する壁や心理を浮き彫りにしているのだろう。ネットなどでは、自分の新入社員時代を思い出して共感する声が少なくない。

主人公を救う謎の若者の正体とは

   暴言を吐き散らす上司の姿が、いささか戯画的に描かれているようにも思えるが、企業の管理職が偉そうに話すとき、若者に与えている印象はこれに近いと思ったほうがいい。心を病んでいく青山がたどる軌跡の中で、信頼していた先輩による犯罪的な裏切りが明らかになる場面は強烈な印象をもたらす。

   読み進むうちに、多くの謎の答えはぼんやりと見えてくるのだが、そのあとの青山の行動を見てみたいという思いにさせられるストーリー展開ではある。

   タイトルにもある会社を辞めるときの場面は、本書の中でもっとも爽快感を覚えるところだが、「半沢直樹」シリーズのドラマのクライマックスが目に浮かんでもきた。

   当然ながら、30代、40代のサラリーマンからは「現実はもっとしんどい」「それを乗り越えなきゃ」という声が聞こえてきそうだ。「企業戦士」という言葉が聞かれなくなってきたとはいえ、まだまだ「就職」というより「就社」が実態のニッポン。小説のテーマでもある「仕事による自殺」からどう解放されていくか、正面から答えられる社会人は少ない。

   職場で心身ともに追い込まれた青山の前に現れ、救っていく「ヤマモト」という謎の若者は、一瞬、オカルト的な存在かと気になるが、普通の人間であることが明らかになる。ヤマモト的役割が社会的に必要不可欠な時代になった、ということを最後は暗示させる。(PN)

『ちょっと今から仕事やめてくる』
『ちょっと今から仕事やめてくる』