J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

「アリさんマーク」引越社めぐる騒動 社の対応の何が問題になっているのか

   「アリさんマーク」と赤井英和氏のテレビCMで知られる「引越社」が、社員に対して不当な異動を命じたとして裁判になっている件については、皆さんもネットニュース等でご覧になったことがあるだろう。

   先日は、当該社員A氏が加入した労働組合のメンバーが同社前で抗議活動をおこない、彼らに対して同社幹部が恫喝的に対応する様子を記録した動画がネット上で拡散して話題になった。

両者の言い分とは

残業をめぐっても・・・
残業をめぐっても・・・

   現在も騒ぎは拡大しており、労働組合「プレカリアートユニオン」が、引越社に対して命令の無効や業務改善などを求めた署名活動を、署名サイト上で開始、多くの賛同者が集まっている。

   同社幹部の恫喝の様子があまりに強烈なので、その面ばかりが強調されて伝えられているが、同社が行ったとされることの何がブラックなのだろうか。これまでの事件における経緯の概要を、「労働組合側の主張」と「会社側の主張」に分けてお伝えしながら解説していきたい。


<労働組合側の主張>
(東京地方裁判所でおこなわれた裁判における、A氏本人の意見陳述内容を要約。9月30日)

・仕事中の荷物破損や車両事故の損害を給与から天引き、長時間労働、残業代未払などが同社内で常態化している
・具体的には「引越作業で荷物が破損した際、担当した従業員に連帯責任を負わせ、給与から弁済金を天引き」「運送中の事故でトラックが傷つき、修理代金として40万円を負担させられた」などの事象があった
・同社男性社員のA氏がプレカリアートユニオンに加入し、上記に関して団交を申し入れたことをきっかけに、1日中立ちっぱなしの「シュレッダー係」へ異動させられた
・異動取消の裁判を起こしたところ、A氏は懲戒解雇を言い渡される。しかも多数の社員がいる前で、懲戒解雇の通知書を読み上げられた
・さらに、A氏の氏名と顔写真入りで解雇理由を「罪状」と題した紙を全支店に貼付け、社内報にも掲載された
・A氏の仮処分申立等によって懲戒解雇は撤回、復職が決まったが、引き続き「追い出し部屋」であるシュレッダー業務を強いられ、紙の掲示はむしろ増えている
・労働組合が、同社前において大音量で街宣活動をおこなうことに対して、同社幹部が抗議


<会社側の主張>
(日刊スポーツ記事「引越社、社員提訴に反論 処分男性は勤務態度に問題」より。10月2日)

・労働組合の街宣車が、同社前において大音量で主張を繰り返すやり方は脅迫と同じだ
・労働組合は「残業代が未払い」と叫び続けているが、労働基準監督署から「残業代は払っている」と認められている
・A氏の異動は労組加入が理由ではなく、勤務態度によるもの。8か月で7回遅刻しており、交通事故を起こし、人身事故だったがお詫びにも行かなかった。それら理由により、A氏が勤務可能な7支店長全員が受入れを拒否したため本部に戻さざるを得なかった
・懲戒解雇処分も提訴が理由ではなく、機密事項の漏洩によるもの。社員の住所や電話番号、取引先の情報を漏洩させ、そこに労働組合のビラがまかれている

会社側が担うべき責任の重さ

   会社側の主張をみると、社員側にも問題はあり、一見妥当なように思えてしまうが、ここは法律と照らし合わせて確認していこう。そうすることで、「たとえ社員に問題があったとしても、会社側が担うべき責任の重さ」が浮かび上がってくるのだ。


(1)警察署長の許可を取れば、街宣活動は合法

   道路を管轄する警察署長の許可を取れば、街宣活動は誰でもおこなうことができる。また街宣の内容についても規制はなく、あるのは「無許可の道路占有」や「騒音」に関するものである。


(2)損失を一方的に社員に転嫁することはできない

   社員の過失によって事故や損害があった場合、会社が社員に対して損害賠償を求めること自体は違法ではない。しかし会社には危機管理の責任があり、保険などの対応もしておくべきという考えから、社員に対して一方的に責任を負わせることはできない。


(3)社員が責任を負うのは、「故意や重大過失があったとき」

   社員側に賠償責任が発生するのは、「前日に深夜まで遊んでいたため、うっかり居眠り運転をした」とか「指示通りに作業しなかったことで機器を壊した」といったような、故意や重大過失があったときである。


(4)損害金の給与天引きは違法

   たとえ社員側に過失があって賠償責任があるときでも、会社が給料から賠償金を天引きすることは労働基準法違反である。


(5)裁判のために内部情報を持ち出すのは合法

   裁判で用いるために企業の内部情報を持ち出すことは、その情報を提供する相手方が法律により守秘義務を負っている(弁護士や労働委員など)場合には、会社に対して損害を与える行為にはならない。


(6)「機密情報」の範囲

   企業における「機密情報」とは、企業が利益を生み、存続維持させるために必要な情報のことであり、経営計画や財務、研究開発、マーケティング戦略、社員の給与や異動情報といったレベルのものを指す。


   いかがだろうか。法律が求める会社への責任はこれほどまでに重いのだ。

もし違法性が疑われることがあるなら・・・

   念のため触れておくと、

   「残業代は未払いなのか、払われているのか」や「解雇理由」

などの点では、組合側と会社側で事実関係の主張が異なっている。

   上記の(1)~(6)の問題点は、勿論あなたの会社にも適用されることである。もし違法性が疑われることがあるなら、重々ご留意頂きたい。

   さて、経営者の皆さんにとっては、問題ある社員を抱えたとしても簡単にクビにはできない現行法の厳しさに辟易とされている方もおられよう。次回は、「ブラック企業がとっている『合法的に社員をクビにできる仕組み』について解説していきたい。(新田龍)