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痛感する企業承継の難しさ 経営者は誰を最優先に考えるべきか

「我々がいろいろな場面で手本にする名経営者なのに、残念過ぎます」

   企業コンサルタントや士業の人たちが集まる情報交換会での話題は、セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長兼CEO辞任の件で持ちきりでした。

「不徳のいたすところ」

経営のバトンを渡す難しさ
経営のバトンを渡す難しさ

   鈴木会長は、自身が会長を兼務するセブン‐イレブン・ジャパン社長人事の押し込みに失敗し、自らが退任をせざるを得ない状況に追い込まれました。御歳83歳。38年の長きにわたり、社長、会長として実権を揮ってきたカリスマ経営者のあまりも残念な引き際、という印象が強かったようです。

   中でも皆さんの耳に残ったのは退任会見での最後の質問、「後継を育てられなかったのか?」に対する答え、「不徳のいたすところだ」だったようです。参加者それぞれが、経営の最大の課題とも言える事業承継について様々な思いを語っていました。

   専門家らしい、実に興味深い意見が多かったので紹介します。

   ベテラン会計士H氏。

「名経営者の後継なんて所詮無理。鈴木氏がお気の毒だったのはオーナーではないということ。優秀であるがために長く実権者のイスに座り続けることで、自ら引くに引けない状況を作ってしまった。名経営者ゆえの苦悩であったと思う」

   社会保険労務士I氏。

「マネジメントと事業承継は全く別の能力が求められるのではないだろうか。先頭に立って指揮を執る力と、人に任せる力。鈴木氏は人に任せずにやってきたからこそこれまでの成功があるわけで、事業承継に求められる、人に任せる力とはある意味でトレードオフの関係にあると思う。名経営者ゆえの結末という意見に私も同意する」

名経営者と言えるのか

   企業コンサルタントのW氏は手厳しい。

「後継育成はオーナーだろうとサラリーマン社長であろうとも、経営者たる者の重大な責務。それができていなかった時点で、鈴木氏は名経営者ではないということ。後継育成ができなかったことをメディアはもっと責めてしかるべき。後継育成ができない経営者はダメなのだということを、世の経営者の皆さんに認識してもらう絶好の機会と思う」

   私も多くの企業経営者を見てきた立場から言えば、やはりW氏の意見に近いものを感じました。そのマネジメントでどんなに会社を発展させ業績を伸ばそうとも、やりっぱなしではダメで、しっかり次代に引き継いでこそ完結するものと思います。なぜなら経営者自身が退任した後も会社は延々と続く、いや続かせかなくてはいけないのであり、企業経営の継続性を確保できる体制をつくることは、何よりも経営の最重要任務であると思うからです。

   私の知る50代後半のY社長は、社員約100人を抱える中堅企業のオーナーです。一代で今の会社を作り上げた、傑出した経営手腕を持つ典型的なワンマン経営者。すでに成人した御子息が二人いますが、自身の会社には入れることなく医師と建築士という職を手につけさせ、自身の会社とは全く無縁な人生を送らせています。

   御子息が大学を卒業されたタイミングで、後継問題について尋ねたことがあります。すると社長はこんな答えを返してくれました。

「僕の後をうちの息子たちが継げるとは思わないから、会社に入れることは最初から考えていません。そうかと言って、イエスマンばかりの社員に僕のあとは到底務まらない」

考えた末の結論は

   そんな社長が思ったのは、「誰のことを最優先で会社経営の将来を考えるか」、だったそうです。

「私の結論は、社員にとってどうしておくのが一番いいのか、そこに重点をおいて会社の将来を考えようということでした。私が社長でいる間のどこかのタイミングで会社を売却し、しばらくは社長のイスにとどまった状態で徐々に経営を他人の手に委ねていくのがいいのではないかと思ったのです」

   Y社長は3年ほど前、基本的に社長以外の取締役は社外とし、それ以降、執行と完全分離をするというやり方をとっています。自身の引退までの間に、自分の後を任せられる企業に資本と経営を譲渡し、執行は当面今のスタイルを継続することで社員の生活も含めて面倒をみてもらおうということなのです。

   ワンマン社長として珍しいほど、的確な現状の把握と将来の展望に基づく判断であると思いました。何よりも、Y社長の「社員最優先主義」とも言える判断軸が、事業承継に迷いを生じさせることなく会社を前に推し進めたと言えるでしょう。

   Y社長の言葉「誰のことを最優先で会社経営の将来を考えるか」は、ありふれた日常と化した企業経営の中ではついつい見落とされがちな観点かもしれません。セブン&アイの鈴木会長も稀代のマーケッターであるがゆえに、知らず知らずのうちに消費者最優先で会社経営の将来までも考えていたのかもしれないのです。

   鈴木会長の退任は、企業における事業承継の難しさを改めて考えさせられる一件でありました。(大関暁夫)