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会社が資格取得の面倒みるってラッキー でも「御礼奉公1年縛り」ひどくない?

   世の中には、国家資格から民間の認定試験まで多くの資格が存在します。「弁護士」や「医師」などその職業に就くために必ず取得しなければいけないもの、就職や転職が有利になるもの、思わず目を引く面白い資格など種類は実に様々ですね。会社の実務上重要で、取得も容易ではない資格は、持っていると資格手当などが給料に上乗せされることも多いです。もちろん資格を取得すること自体、労働者本人にとっても有益です。今回は、そんな資格の取得に必要な経費などの負担について、法律ではどのように決められているのか解説いたします。(文責:「フクロウを飼う弁護士」岩沙好幸)

事例=宅建取得の必要経費、「1年以内に辞めたら返す」と誓約しろ、と

必要な資格には会社が金出すというが
必要な資格には会社が金出すというが

   僕は不動産会社に勤めているのですが、入社時は必須ではなかった「宅建(宅地建物取引士)」について、最近「全員必ず取得しなければならない」と方針が変わりました。簡単な試験ではないですが、不動産業界では重要な資格ですし、当然かなと思います。費用に関しても会社が全額負担してくれるということなのですが、その後、「1年以内に辞めたら全額返金します」といった内容の書面にサインするよう言われました。確かに費用は安くはないですし、すぐに辞められたら損だという会社の気持ちもわかるのですが、こういう契約で社員が辞められないようにするのは、違法ではないのでしょうか?

弁護士回答=法律は退職の自由確保のため「損害賠償の予定」を禁じる

   会社の指示で資格を取得するにもかかわらず、1年以内に辞めたら取得費用を支払わなければならないと言われると、不満に思うのも当然ですね。

   このような違約金に関して、労働基準法16条は「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と定めています。退職した場合の違約金の定めがあると、無理に雇用契約を継続させることになるので、これを禁止し(「損害賠償の予定」の禁止)、労働者の退職の自由を確保するために、この規定が設けられました。

   今回のご相談のように、一定期間内に退職した場合に資格取得に要した費用を返還する旨の合意が有効になるかは、(1)研修等を受けることが労働者の自由な意思に委ねられるか、(2)研修等が業務の一環と評価できるか、(3)研修終了後の拘束期間といった点から労働者の退職の自由を拘束しているといえるかで判断されます。

   今回の場合、全員必ず取得しなければならないので研修等を受けることが労働者の自由な意思に委ねられていません(1)。また、宅建の資格は不動産会社の業務に有用でしょう(2)。さらに、研修終了後の拘束期間は1年間と短いとは言い切れません(3)。

   したがって、今回の会社の措置は、労働基準法16条が禁止する損害賠償の予定に該当する可能性が極めて高いと思います。

負担したのではなく、貸し付けたのだと言われたら?

   会社は、1年以内に辞めたから取得費用を返還して欲しいのではなく、単に「貸し付けたお金を返して欲しい」と主張してくることも考えられます。

   これは、免除特約付金銭消費貸借契約といい、形式上は単なる消費貸借契約なので、有効と思われがちです。消費貸借契約を根拠に貸したものは当然返せと言えますからね。

   しかし、いかに形式を整えたからといっても、直ちに違法な「損害賠償の予定」とならないわけではありません。あくまで労働者の自由意思を不当に拘束し、労働関係の継続を強要するものであるか否かを実質的に判断するので、形式的に消費貸借契約の体裁を整えても違法な「損害賠償の予定」となることはあります。

   どこまでの費用を会社が負担するかは、原則として当事者間の合意によって定まるのでケースバイケースです。一般的には、宅建免許取得にとって合理的に必要な範囲内であれば、会社はこれを負担すべきと思われます。テキスト代や交通費、受講料も場合によっては合理的な範囲内といえるでしょう。

   留学費用などでも労働基準法16条が問題となる裁判例は多くあり、労働者の業務との関連性が強く、企業側のメリットも大きいようなケースでは、返還請求は否定される傾向にあります。労働者の退職の自由はそれほど重要な権利だと考えられているので、たとえそのような書面にサインをしていたとしても無効と判断される可能性が高いでしょう。ですので、安心して資格取得を目指してくださいね。

ポイント2点

●違約金に関して、労働基準法16条は「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と定めている

●労働者の自由意思を不当に拘束し、労働関係の継続を強要するものである場合、形式的に消費貸借契約の体裁を整えても違法な「損害賠償の予定」となることもある