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なんとも「引っ越し障壁」高き国 住まいにせよ働き場所にせよ

   私はここ4年間、フィリピン・セブからカンボジア・プノンペンへと移り住んで居を構えていたのですが、日本での仕事も増えてきたため、東京にも拠点を構えることにしました。メインの家はプノンペンですが、東京に小さな家を借り、7月から2拠点生活が始まりました。

家賃は安くなったのだが

部屋は家具付き家電付きが当たり前
部屋は家具付き家電付きが当たり前

   東京の家賃は少し下がっており、山手線から数駅離れたあたりであれば、かなり安く住めます。礼金がない物件も増えています。

   これは意外とリーズナブルかも......と思っていたところ、一つ落とし穴がありました。部屋に、家具が何もないのです。日本に住んでいるとそれで当たり前なのですが、このところ海外で4回引っ越しを経験した身からすると、衝撃の事実です。

   東南アジアでは、それなりに高級な住宅は家具付きが当たり前であり、エアコン、冷蔵庫などの設置型の家電はもちろん、ソファ、ベッドなどの大型家具、テレビ、電子レンジから食器まで、生活に必要なあらゆるものがあらかじめ備わっています。なので、引っ越しといっても、トランクにPCや洋服を詰め込んで持っていけば、その日から生活を始めることができます。非常に便利です。

   そういう引っ越しに慣れてしまっていたため、東京の部屋の内覧をしたときはショックでした。リフォームしたての小さな家は、収納も多いし、機能的。なにより、細部までしっかり作り込んであり、すきま風や雨漏りなど皆無です。しかし、洗濯機やソファはおろか、エアコンすらついていない、本当に何もない状態だったのです。

   買わなきゃいけない物のリストには、数十個が並びます。小物に関しては、世界最高のコストパフォーマンスをもつ100円ショップがあり、電化製品も他の国に比べて割安の日本。しかし、大小合わせてこれだけ数多くのものを買うとなると、その出費は数十万円にふくれ上がります。

   カンボジアでは、これよりかなり高い家賃の家に住んだのですが、引っ越しにかかった費用は、家賃2か月分のデポジット(敷金)18万円と、日常で使う小物2万円くらいのものでした。それに対し日本では、「世界一周貧乏旅行ができてしまうのではないか?」と思えるくらいのお金がかかりそうでした。

辞めるなら全額返済しろと

   実際には、知り合いから家具をもらったり、フリマアプリで中古品を購入したりで、そこまではかかかりませんでした。しかし、部屋のサイズを測ったり、物を送ってもらったり、届いた物を自力で設置したりと、うんざりするほど手間がかかりました。

   とにかく引っ越しに対する障壁が高いのです。海外で暮らす人のように「気分を変えるために、何となく引っ越し」みたいなことはできません。

   そんな経験をして一つ思ったのは、「日本人が転職できないのと似ているな」ということです。

   私がかつて働いていたある日系企業では、社員は会社から低い金利で自動車ローンや住宅ローンを借りることができました。市中金利よりも低金利で、たくさんのお金を借りられるので非常に有利です。しかし、落とし穴があります。会社を辞めるとなると、全額耳を揃えて返済しなくてはならないのです。

   普通の銀行に借り換えをすると、金利が上がってしまいます。低利をいいことに人よりも多くお金を借りている場合もあるでしょう。月々の返済額が跳ね上がり、生活が破綻する恐れがあります。

   また、「勤続30年超えると退職金大幅アップ」なんて会社もいまだにあるため、そのにんじんを目標に走り続ける人もいます。勤続30年を超えた50過ぎのおっさんに転職先はありません。

   日本の大企業の社員が転職できない理由の一つに「他の会社で使えるスキルがない」というのがあるのですが、実際には、スキルの問題よりもこういう金銭面の障壁がいちばん大きいのではないかと思います。大企業で長く働くと、転職した途端、金銭的に破綻する可能性が高まりそうです。

   制度的にも、退職金前払い制度を設ける会社が増えて来たり、マインド的にも、住宅ローンで家を買わない人が増えてきたりしています。そうやって、動ける自由を確保することで、仕事がらみの自殺なんかも減っていくのではないかと思うのです。

   というわけで、日本の賃貸住宅も、もうちょっと簡単に出たり入ったりできるように、家具付きを標準にしてほしいのですが、大家さん的にはあまりハッピーなことではないので、もう少し空室率が高まるまで待つ必要がありそうです。(森山たつを)