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「谷」越え「海」越え...二度失敗 不屈の「天才」社長に三度目は

   知人の紹介で、38歳のITベンチャー企業社長H氏と名刺交換しました。「いかにも」といった雰囲気にあふれた、明るさと前向きな姿勢を感じさせる人物です。

   ところが、その経歴を聞くと、大手IT企業のSE職から28歳でベンチャーを起こし、ひとまず成功したものの、紆余曲折あって立て続けに2社をつぶしたのだと。現在は、ベンチャー起業塾を運営しつつ、自ら3社目を立ち上げ「三度目の正直」を期しているといいます。

  • いつまでも上昇を続けると
    いつまでも上昇を続けると
  • いつまでも上昇を続けると

問題はその先に

   「2回も自分の会社をつぶしたヤツが、よくもまぁ起業塾なんかをやっているものだとお思いですよね」

   いきなり図星を指された私に、彼が続けます。

   「別にいいんです。ただ僕は、手前味噌ですが、起業した会社をとりあえず軌道に乗せるのはうまい。それで人が集まるわけです」

   起業のスタートアップ期は、研究開発が実用化されるまでの先行投資期間である「死の谷」や、その技術を事業化して軌道に乗せるまでの「ダーウィンの海」を越えるのが一苦労と言われます。IT関連技術のアイデアを形にして2社を立ち上げ、ベンチャーキャピタルから資金を引っ張り、ある程度のところまでは事業を前に推し進めた実績から、彼に教えを乞いに集まる若手の起業志願者は結構多いのだそうです。

   しかし彼にとっての問題はその先。

   最初の会社は3年で出直しを決め自主廃業。次の会社は4年続いたものの、資金繰りに窮して他人の手に渡ってしまいました。

   彼を紹介してくれた知人はH氏を評してこう言います。

   「最新IT技術を駆使した事業アイデアが湯水のごとく湧いてくる、ある意味天才。それをビジネスモデル化することにも優れている。そこに将来性を付加して魅力的に見せ、投資資金を呼び込んでくる力もあり、いわゆるアーリーステージ・リーダーとして申し分ない」

いつまでも上昇を続けると

   それだけの力量がある彼が、二度にわたって失敗したのはなぜだったのでしょうか。H氏は率直にこう話してくれました。

   「一度目は人、二度目は銀行でした。1社目は、創業からの右腕的存在が突然辞めてしまってどうにもならなくなり、2社目は、いよいよこれからという時に銀行に資金を引き上げられてしまい......。僕は、なぜかこれからという時に、肝心要の存在に逃げられてしまう、悲しい宿命を背負った男なのです」

   この話を聞いてひとつ思い出したことがありました。あるベンチャー企業フォーラムで聞いた、起業から上場に漕ぎつけその後も順調に成長を続けている経営者の、成長マネジメントの心構えに関する言葉です。

   「ベンチャー経営のスタートアップは、一般企業の経営とは違った経営姿勢が必要です。一言で言えば、『知力:度胸=1:9』みたいな。とにかく肝を据えて爆発的に前に進んでいく意志とパワーがなければ、起業同志もついてこなければ資金も集まりません。皆、あなたの夢の実現力に賭けて集まってくるのですから」

   なるほどこの言に従えば、H氏は恐らく夢実現の可能性を周囲に伝える力には長けているのだと思わされるところです。しかし問題はその次のくだりです。

   「間違えてはならないのは、スタートアップ期を過ぎてある程度のところに来たら、運行を安定させなくてはいけないということ。すなわち今度は、『知力:度胸=9:1』に変えるのです。飛行機と一緒です。離陸時の飛行機のパワーは、どこまでも飛んで行けそうで人を魅了する力がありますが、そのままの勢いで上昇を続けたら誰もが不安になり、墜落を危惧すると思いませんか。どこかで安定した飛行に移らなくてはいけないのです」

どこかで姿勢を変える必要が

   言い得て妙であり、実に深い話です。H氏の場合、安定した飛行に移ることなく上昇を続けようとした飛行機の操縦士だったのかもしれません。墜落の危険を察知した起業同志は去っていき、同じく銀行は資金を引き上げてしまったのではないか。勝手な想像とはいえ、2度の失敗に潜む根本原因を垣間見た気がしました。

   私は元銀行員であると明かした上で、こう言いました。

   「銀行はベンチャーキャピタルとは審査の考え方が違いますから、どこかで経営姿勢を変えていかないといけないでしょう。社員も銀行も、安定を求めるのが常ですから、ベンチャー経営もある時期にさしかかったら、一般企業的な経営スタンスも取り入れてほしいというのが周囲の本心なのだと思います」

   「なるほど! 目からウロコですね、そのお話。うちの起業塾でも使わせていただきます。いやいや、私自身も宿命を変えるべく心しないと、ですね」

   初対面ではありましたが、三度目の起業が「三度目の正直」となることを祈った次第です。(大関暁夫)