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日本のマンガはなぜ米国で成長できたのか 起点は20世紀末に起こった!(気になるビジネス本)

   スパイダーマンやアントマン、アベンジャーズなど米コミックを実写化した映画作品の上陸が、引きも切らずにこの数年続いている。日本のアニメや漫画が世界で人気とはいっても、やっぱりアメコミ(アメリカン・コミックス)のパワーにはかないそうにない......。

   そんなふうに考えていたら、それはこちらにいるからよくわからないのであって、日本のマンガも、厳然とあるとみられた文化的障壁を乗り越えて米国市場で成長を続けているというではないか!

「アメリカに日本のマンガを輸出する ポップカルチャーのグローバル・マーケティング」(松井剛著)

   「アメリカに日本のマンガを輸出する ポップカルチャーのグローバル・マーケティング」は、その過程を丹念に追ったもの。著者の松井剛さんは、一橋大学大学院経営管理研究科教授。日本とアメリカの文化が交差するマーケティング現象について取り組みたいと、研究休暇(サバティカル)を利用して米国へ渡るなどして報告を完成させた。

  • 「文化的障壁」を克服、米国市場で成長つづく日本のマンガ
    「文化的障壁」を克服、米国市場で成長つづく日本のマンガ
  • 「文化的障壁」を克服、米国市場で成長つづく日本のマンガ

キーワードは「クール・ジャパン」

   1990年代前半から広まりをみせた「グローバル化」は、時代とともに、その意味や内容が微妙に変化するのだが、テクノロジ―の進化によって、人やモノの行き来や情報の流通をめぐっては、間違いなく、速度も密度も加速度的にレベルを上げている。

   日本では、バブル崩壊後の90年代~2000年代初めに「平成不況」など経済低迷期間を過ごし、この時代は「失われた10年」などと呼ばれるが、低迷期が終わるのと前後して「クール・ジャパン」という言葉が、日本のグローバル化を担うキーワードとして盛んに使われるようになってくる。

   「クール・ジャパン」はいまでは、インバウンド促進の政策の名前に使われているが、この言葉が登場するきっかけは、02年に米外交専門誌「フォーリン・ポリシー」に掲載された「Japan's Gross National Cool(GNC、日本の国民総クール)」という記事。筆者はジャーナリストのダグラス・マッグレイ氏で、米文化交流組織ジャパン・ソサエティーの研修事業で日本に短期滞在して書き上げた。

   この記事ではまず、1980年代は経済的超大国だった日本がその後、成長が鈍化してGNP(国民総生産)が縮小したと指摘。しかし、その代わりに独自に発展させてきたポップカルチャーを通じてGNC(国民総クール)というべき新しい成長エンジンを備えた文化的超大国になったと論じる。

   そして、翌年にこの記事の抄訳が雑誌に掲載され、そのタイトルは「世界を闊歩する日本のカッコよさ」。前後して「クール・ジャパン」という言葉がメディアで頻繁に使われるようになるのだが、それは、ポケモン(ポケットモンスター)が米タイム誌で特集され表紙を飾り(1999年11月22日号)、宮崎駿氏の「千と千尋の神隠し」が2002年のアカデミー賞で長編アニメ映画賞を受賞するという出来事が背景にあった。

ポケモンや宮崎作品で弾み

   日本の文化外交といえば、伝統文化が中心でポップカルチャーは「格が低い」とみられていたものだが、ポケモンや宮崎作品のほか現代美術家、村上隆さんのポップアートが海外で高い評価を受けるなどクール・ジャパンの具現化が続き、2000年代に入ったからは「日本の経済振興やいわゆる『ソフトパワー』醸成の手段として重要視されるようになった」という。

   ある国固有の伝統文化はその芸術的価値をアピールすることで、よその国でも受け入れられることは考えられる。だが「クール・ジャパン」の認知が世界で広まっても、ポップカルチャーではそうは簡単に広がりを得られないはず。そう考えた松井教授は、日本のポップカルチャーのなかでも、輸出には向かないとみられるマンガを例に、米国でのマーケティングをみたものだ。

   「本書が着目する『マンガ』は、ほぼ日本の国内市場で消費される形で創造され販売されてきたドメスティックな文化製品である。そうであるがゆえに、単に翻訳すれば別の国で売れるというほど話は簡単ではない」。たとえば、学園ものでは「先輩」「後輩」の関係がしばしば描かれるが、その観念がない米国人読者にどう翻訳するのか。『美味しんぼ』で登場する料理はどう説明すべきなのか。『ちびまる子ちゃん』で描かれる少し前の時代の日常は理解されるのだろうか。

   ちょっと考えただけでも、これだけの「文化的障壁」が浮かぶマンガの米国輸出だが、米マンガ市場の規模は本書によれば、2002年には6000万ドルだったものが、07年には2憶1000万ドルに急成長。その後、リーマンショックなどにより落ち込んだが12年からは成長に転じている。

   本書では、日本のマンガが米国市場に進出するために欠かせなかったイメージについての管理(スティグマ・マネジメント)や、年齢レーティングを慎重に重ねていった経緯や、日本系のアニメが実は1970年代にマーベル・コミックから出版されており、アメコミ文化のなかにも日本産マンガをめぐるビジネスの萌芽があったことが報告される。

   また、日本の右→左のページ順を反転印刷して出版することから、右利きの主人公が左利きに描かれてしまったことや、たばこがタブー視されたことから、喫煙シーンでたばこだけがカットされる不自然なコマが出現したエピソードも紹介されている。

   興味深かったのは、米国でもヒットした「らんま1/2」などの作者、高橋留美子さんが米国に招待されたときの様子。日本では人が集まりすぎるのでサイン会などができないのだが、米国ではその不満を解消するかのようにファンとの交流を楽しんでいたという。高橋さんの作品はどれも人気が高いが、米国でもなかなか軌道に乗れなかった日本系出版社の救世主的存在になったという。

「アメリカに日本のマンガを輸出する ポップカルチャーのグローバル・マーケティング」
松井剛著
有斐閣
税別2600円