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銀座線の開業当時からあったネーミングライツ、エキナカ......(気になるビジネス本)

   以前にこの欄で紹介した「関東の私鉄の格差」(河出書房新社)では、東京メトロ(東京地下鉄)が対象から外れていたのだが、その理由として、会社の成り立ちや使命が他の大手とは異なっていることが指摘されていた。元は政府などが出資する特殊法人。行政改革で民営化され16社目の大手私鉄となったものだ。

   営業距離は関東では1位東武の半分以下だが、東京都内に9路線を持ち、営業収益では東武や東急の2倍以上にのぼる。東京メトロをつぶさにみれば、同社だけで一冊できるほどの「すごさ」があったのだ。

「ここがすごい!東京メトロ 実感できる驚きポイント」(土屋武之著)交通新聞社
  • 19年2月に登場した東京メトロ丸ノ内線の新型車両2000系。23年度には53編成すべてが2000系になる予定
    19年2月に登場した東京メトロ丸ノ内線の新型車両2000系。23年度には53編成すべてが2000系になる予定
  • 19年2月に登場した東京メトロ丸ノ内線の新型車両2000系。23年度には53編成すべてが2000系になる予定

9路線持つ東京メトロ

   東京メトロの路線延長は195.1キロメートル(営業キロ)。JRを除く民間鉄道会社ではトップ5の一つに数えられる。所有する9路線は、旧営団地下鉄から引き継いだ8路線と、東京メトロ発足後の2008年6月に開業した副都心線。一部を除いて他社路線と相互乗り入れをし、またJR山手線の内側で各路線が迷宮のような乗り換えネットワークを築いて、1キロあたりの輸送人員や営業収入はトップクラスだ。

   株主は政府(53.4%)と東京都(46.6%)で、ほぼ半分ずつ保有している。民営化以来、上場が取りざたされ、その売却益を東日本大震災の復興財源に充てる決まりになっているが、まだ時期は明らかにされていない。東京都は、東京メトロの上場前に都営地下鉄との一体化を実現したい意向を持つとされ、このことなどがブレーキになっているとみられる。

伝統と先端テクノロジー共存

   鉄道ファンからばかりではなく、社会的にも、経済的にも注目度が高い東京メトロ。大手私鉄の1社ではあるが、確かに大都市の周辺部から郊外へ延びる他の大手各社とは趣が異なるようだ。

   本書「ここがすごい!東京メトロ 実感できる驚きポイント」(交通新聞社)は、同社が東京の旅客輸送を担って誕生し、その後、首都圏が広がるにつれ、新規路線が最初から他社との接続を目的としていたことなど、その特異性に注目して、各路線に応じて、乗ってわかる、見てわかるポイントをレポートした。伝統と先端のテクノロジーが共存している様子が、東京メトロを象徴していて興味深い。

   9路線のそれぞれを1章として、まとめの章を加えた10章立て。冒頭の序章では、会社として全路線で取り組む災害対策やホームドア整備、バリアフリー化などについて述べられている。近年は「ゲリラ豪雨」が多発しており、路線全体のうち約85%が地下にあり、全179駅のうち158駅が地下に設置されている東京メトロでは、その対策には万全を期すことが求められる。地下駅へ降りる入り口を地面から数段高くするローテクな堤防造りはその一つ。バリアフリー化への逆行との指摘もあるが、水圧が低い地上部で対応できる効果があるという。

「三越前駅」秘話

   東京メトロの銀座線(1927年、浅草-上野間開業)といえば最古の地下鉄として知られ、次に歴史があるのは、戦後初、営団地下鉄初の新設路線となった丸ノ内線だ。いずれも、パンタグラフを使う他の路線とは違う「第三軌条方式」というレアな集電方式で他社路線との乗り入れは行われていない。

レトロ感を醸し出している銀座線
レトロ感を醸し出している銀座線

   駅によっては鉄骨造りがレトロ感を醸し出している銀座線だが、実はいまでいうコラボレーションやタイアップ、エキナカ的なビジネスに積極的だったという。例えば「三越前駅」。地下鉄建設を聞きつけた三越側から、当時の東京地下鉄道に「建設費を負担するので」と申し入れがあり実現したという。本書によれば費用は現在の金額で「20~30億円」とみられ「今で言う『ネーミングライツ』の元祖かもしれない」とみる。

   この三越前駅新設を知って後を追ったのは上野松坂屋。上野-末広町間の店舗前に新駅設置を要請したものだ。江戸時代から同じ場所で営業を続けるデパートは日本橋三越と上野松坂屋だけ。ライバル意識は当時、相当だったよう。しかし着工後ということもあり、三越前のような話の運びとはならず、ホームは相対式で、デパート直結は片側(渋谷方面行き)だけに。しかも、駅名についても松坂屋は「上野広小路(松坂屋前)」で妥協するしかなかったという。

渋谷行きと浅草行きで同駅別名

   東京地下鉄道は、利用客増を目論んで直営商業施設の事業にも乗り出す。いまのエキナカ的発想か。そうした商法の元祖は関西の阪急電鉄で、大阪・梅田駅に「阪急マーケット」と「阪急食堂」をオープン。これらが同地の阪急百貨店の前身になった。東京地下鉄道は1929年に阪急へスタッフを研修のため派遣し、同年には銀座線浅草駅の真上に雷門ビルができるとそこに「地下鉄食堂」を開業。2年後には上野駅前にスーパーのはしりである「上野地下鉄ストア」を開いた。

   自らも小売店の経営に乗り出したが、当時は、小売業は成長産業。三越、松坂屋ともそうだが、デパートへの気配りに怠りがなかった。駅名に「銀座(松屋・三越前)」「日本橋(高島屋前)」など副駅名を配したうえ、さらには、たとえば、銀座駅の「松屋・三越前」は、渋谷方面行きバージョンにして、逆の浅草方面行きバージョンには「三越・松屋前」と入れ替えて使い分けたという。

   草創期からのビジネス志向もあって、業界リーディングカンパニーのポジションにつながったのかもしれない。

   著者の土屋武之さん1965年生まれのライター。雑誌の編集を経て97年からフリーで活動をしている。主な著書に、「ツウになる!鉄道の教本」(秀和システム)、「JR私鉄全線 地図でよくわかる 鉄道大百科」(JTBパブリッシング)、「新きっぷのルール ハンドブック」(実業之日本社)など。

『ここがすごい!東京メトロ』
土屋武之著
交通新聞社
税別800円