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「退職代行」は甘えじゃない!? 現実は使わなければ辞められない職場の実態がある

   退職の申し入れから手続きなどまで本人に代わって行うサービスは以前からあったようだが、労働市場の流動化が進む近年になって利用者が増え、その存在に対する注目が高まっている。

労働者が辞めると勤務先に言えば、原則として労働契約は終了する。それなのに、なぜ代行サービスのニーズが増えているのか――。

「退職代行」(小澤亜希子著)SBクリエイティブ
  • 「退職願」を出せば辞められるのだが…
    「退職願」を出せば辞められるのだが…
  • 「退職願」を出せば辞められるのだが…

著者はサービスを提供している女性弁護士

   本書「退職代行」は、退職代行サービスを提供してる弁護士、小澤亜希子さんによる現場からの報告。小澤さんの弟は、会社を辞めようと考えながら、実行できないまま過ごすうち過労とみられる原因で亡くなったという。そうした経験から退職代行のことを調べるようになり、必要としている人が多いこと、その担い手のほとんどが弁護士ではないことがわかって、2018年8月から自ら代行サービスを始めた。

   非弁業者によるサービスで「即日退職OK」を掲げているものがあるが、原則、即日退職は不可能。著者は、このうたい文句に誘われ、困難な状況に陥った人のケアも行った経験を持つ。

   また未払い給与の請求、ハラスメント慰謝料請求、退職をめぐる損害賠償請求など退職時にしばしば起きる問題については、弁護士以外の者が交渉を行うことは法律で禁じられている。ブラック企業の跋扈(ばっこ)や、人手不足を背景にして労働者が退職妨害に遭うケースが増えていることがわかり、小澤さんは「弁護士が退職代行を行えば、そうした諸問題も解決できるはず。このサービスは弁護士がすべき仕事だ」と立ち上がった。

   小澤さんら弁護士が行っているのは、依頼者の「代理」人を務めることであり、正確には「代行」ではない。ただ手続きを代わってするのではなく、会社と交渉することが仕事になる。インターネットでの検索用に、一般で通用している「代行」を使っている。

   サービスをスタートしてから約1年に、著者が受けた相談件数は約400件。「その中から、いろいろなケースを経験し、多くのことを学んだ」と小澤弁護士。「私が担当した事例は、全体からするとあくまでも一部だが、そこから得られた知見を中間報告として公表し、意見を述べるのは、辞めたくても辞められない人の役に立つのではないか」――。こう考えて、本書を刊行したという。

「甘え」とみるのは誤り

   退職代行による退職手続きが増えていることが報じられるようになったころは、レアケースとしてみられ、現代の若者特有の「甘え」が現象化したもののようにも受け取られたが、現実にはシビアな背景があることがわかった。

   まず、このサービスを使う人は、若者だけではないということだ。相談者の属性をみると、年代別では10代が約1%、20代が約28%、30代が約30%、40代が約21%、50代以上が約7%。30代が最も多く、40代以上が28%を占め、30~50代以上が6割近い。このことから「若者が使うサービス」とは限らないことが判明。勤続年数別では、1年以下が約27%と最も多いが、3年超す~10年以下が約23%、10年超が約11%と、キャリアを重ねた人たちも少なくはない。正規、非正規の雇用形態別では、約75%が正社員だった。

   弁護士の著者による代行サービスは、非弁業者らによるものと比べれば割高。退職届を送り付ければ辞められるものを、それだけの金額を出してもきれいに実行したいとするのは、誠実さの表れと著者はみる。それに比べると、会社側の不誠実な態度が目立つという。

   たとえば、長時間労働が不満で退職を考え、転職活動で内定を得た営業職の男性(30代前半、勤続5年)の場合――。転職先の勤務開始の3か月前に退職を申し入れたが、後任確保の困難を理由に引き止められ、その後も慰留が続いた。手続きが進まないまま過ごし、転職先に入社予定日を延期してもらうことに。その後、転職先が決まっていることなどを会社に明かし事態は進むが、退職予定日の1か月前になって突如退職届けを突き返され、社長に呼び出された。社長は男性に対し「非常識だ」「責任感がない」「どんな会社に行っても通用しない」などと罵倒。困り果てた男性は小澤弁護士に相談を持ち掛けた。

   この社長は男性に対し、さらに「この会社がどうなってもいいのか!?」とも言ったそうだが、そうなると、男性側からすれば「私のキャリアはどうなってもいいと考えているのですか」となり、これまでの恩義も消え失せる。著者の交渉で男性は無事、予定日に退職したという。

人手不足が背景

   退職代行の需要が高まる背景の一つは、近年とくに深刻度を増している人手不足。本書によると、そのことは全国の労働局や労働基準監督署に寄せられる相談内容の変化でも明らかだ。この10年で「自己都合退職」に関する相談が2.5倍に増えているという。2016年度には、上位にいた「解雇」の相談件数を逆転。2018年度には、さらに「自己都合退職」に関する相談件数が伸びているという。このことは、退職代行サービスの普及と軌を一にするという。

   2018年の有効求人倍率は45年ぶりの高い水準で、完全失業率は2.5%を割り込み、こちらは26年ぶりに低水準。人手不足関連の倒産は19年上半期(1~6月)に191件と「過去最悪」を記録するほどで、とくに中小企業では人材確保がますます困難になっている。

   こうした現状から、従業員を限界まで酷使したり、それに耐えられず退職を申し出ると強引に引き止めるなどしてブラック化する会社が増えているという。だが著者は、本書は「退職のすすめ」でも「退職代行利用のすすめ」でもないと断る。ただ、退職することは法律的に難しいことではないこと、困ったときには、弁護士がヘルプできることを知っておいてほしいという。

「退職代行」
小澤亜希子著
SBクリエイティブ
税別830円