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【年末は本を読む!】連鎖退職、ますます増える「恐怖」から企業を守る方法とは?

   新卒採用社員の定着率の低下が近年、企業を悩ます問題の一つになっているが、なかでも人事担当者らの間で恐れられているのが「連鎖退職」という。従業員が少ない企業や部署で起きると倒産につながりかねないなど、大きな痛手となるからだ。

   そのものずばりのタイトルを冠した本書「連鎖退職」は、その実態を探った一冊。予防策や、起きてしまった時に被害を最小限に食い止める手配などもカバーしている。

「連鎖退職」(山本寛著)日本経済新聞出版社
  • 「退職が退職を呼ぶ」連鎖退職を警戒する企業は少なくない
    「退職が退職を呼ぶ」連鎖退職を警戒する企業は少なくない
  • 「退職が退職を呼ぶ」連鎖退職を警戒する企業は少なくない

大地震でも「出社しろ!」にプチっ

   静岡県浜松市の私立保育園で2019年12月、保育士ら18人が一斉に退職届を提出したことが報じられた。園長ら運営管理者からミスで罵倒されるなどのパワハラやセクハラ、マタハラを受けたことが理由とされた。

   2018年6月に発生した大阪北部地震の直後にはSNSで、ある「退職劇」が話題になった。この地震は午前8時ごろに最大震度6弱の揺れが大阪府北部を襲った。揺れが強かっただけに、公共の交通機関は運転を見合わせた。ところが、ある会社の部長は、出社できない旨の連絡をしてきた社員に、何がなんでも出社するよう指示。これに対して、非常時に社員を守ろうとしない会社はごめんとばかり、新人社員7人が連名で退職届を出したという。

   7人一斉退職届の真偽は不明だが、この件を受けて今度は「非常時に社員を守れない会社」をテーマにやり取りが引き継がれていった。

   「連鎖退職」は定義や統計があるわけではないので、形あるものとしてとらえにくいが、現実に同じ問題を原因とする一斉退職があり、また、その可能性があることは広く認識されているようだ。

   本書の著者、山本寛さんは人的資源管理論を専門とする青山学院大学経営学部教授。連鎖退職状況に陥った企業の人事部門関係者、連鎖退職をした当事者、連鎖退職状況の中でも辞めずにとどまった経験を持つ人たちなどに聞き取りを行うなどして、連鎖退職について検討を行った。

   その成果をもとに著した本書によると、連鎖退職は同僚や先輩、上司の退職で、そのしわ寄せが及んだり、あるいは触発されたりして、別の社員も決意する「退職が退職を呼ぶ」状況。転職が一般的になってきた社会状況が、その発生を容易にしているという。

「ドミノ倒し型」と「蟻の一穴型」

   連鎖退職には「ドミノ倒し型」と「蟻の一穴型」の2パターンがある。「ドミノ倒し型」は、ギリギリの人員で業務を回しているような職場で起こる。だれか1人が辞めたあとに補充が行われず、残された従業員の負担が重くなり、退職者が相次ぐような場合だ。手が足りない間に従業員らの間で潜在的な不満が表面化し、それがきっかけになることもある。

   中堅中小企業で比較的多くみられるパターンだが、部署ごとの人数が少なく、退職者の補充が行われないと大企業でも起こりやすいことが調査で示された。

   「蟻の一穴型」の連鎖退職は、だれかが辞めたことによる業務上の影響ではなく、職場の問題が何かをきっかけにクローズアップされることにより起こる。静岡の保育園のケースも、地震をきっかけにしたケースも、この型に近い。

   典型的には次のようなプロセスをたどる。不合理な仕事上の慣習、理不尽な人事評価、隠蔽体質やコンプライアンス面の問題など、疑問を持った社員が退職し、それが告発の意味を込めたものだったにもかかわらず、その後も放置され、社員たちの間には「何も変わらないのか」とあきらめの気持ちが生じ、退職者が一人、また一人と増える――といったパターンだ。

   この場合、退職者は「氷山の一角」。水面下には、内心で問題を快く思っていない潜在的退職希望者が少なからずおり、会社の放置の姿勢がはっきりすれば次々と姿を現すことになる。

   大企業に多い傾向で、主に管理職や経営者が解決すべき課題を放っておいて起こることが多い。著者の調査では、業績悪化に際して会社が有効な対策を打ち出せない(と社員たちに思われている)ケース、人間関係などの問題があるにもかかわらず、放置されているケース、上司が部下を認める文化がない、また同僚同士で承認し合う文化がないケースなどがあったという。

転職への抵抗感は薄く

   連鎖退職が起こりやすい条件が最もそろっているのは、若い人が多い組織。キャリア初期にある若手は経験が少なく、ささいなことに挫折したり、逆にモチベーションが高まったりするうえ、他人からの影響を受けやすい。たまたま会社が業績不振に見舞われたタイミングで、年の近い同僚が辞めた、とか、信頼している先輩が退職した、などの出来事があると大きな衝撃となり、本人の転職の動機になる可能性が高い。

   若手社員は、以前の世代に比べて転職への抵抗感は薄く、ひとつの会社に勤続するより転職してキャリアアップするのは当然との考えが強い。周囲に転職経験のある年齢の近い同僚が多くなれば、自然と退職に対するハードルは低くなる。著者の聞き取りでは同様の見解が多く聞かれたという。

   連鎖退職が起こりやすい職場の環境ではほかに、規模の小さい組織、異動の選択肢・キャリアの選択肢が少ない組織というタイプが浮かび上がった。組織が小さいと、不満などによる同調行動が起こりやすく、また、前述のように、一人の退職が残った社員への負担となって退職の連鎖が発生する可能性が高い。

   業務で過重な負担を感じたり、人間関係の煩わしさに悩まされたりした場合、異動により環境を変えることができれば、それが問題の解決につなげることが可能だ。

   しかし、その選択肢がない場合には退職という発想は浮かびやすい。著者の聞き取りには次のような回答が寄せられた。

「『ここだったらまた頑張れるかもしれない』という部署があれば、異動願いも出せるけど、正直どこも浮かばなかっった。そうなると外を見るしかない」(建材メーカー勤務)
「辞めなくても異動の選択肢が広ければ辞めないですね。例えばDeNAはゲーム、メディア、プロ野球、遺伝子検査事業などを手がけている。また、サイバーエージェントの場合は子会社をたくさん作りながら業績をあげると同時に、意識的に若手をどんどん登用しており2年目でマネージャー、3年目で子会社を任せるなどキャリアパスが見えやすい。そうなると辞めるという選択肢は発生しづらいと思う」(元IT系企業勤務)

入社3年間「ベタ付き」でフォローも

   インターネットの進化でメールやSNSなどが普及し「連鎖」は拡大、加速が一層容易になっている。また、転職の一般化はなお強まるだろうから、退職を防ぐことは不可能だ。連鎖に及ばないようにするために必要なのはリスクマネジメントの発想という。

   企業の中には、入社3年間は人事部員が一人ひとり「ベタ付き」でフォロー。そして3か月ごとに上司や同僚がヒアリングを行い、うまくいっていないようなら配置転換するなどのケアを実施しているという。この会社の場合は、きめ細かいフォローが効果を発揮して社員のリテンション(定着)につながったそうだ。

   社員のリテンションをめぐっては古くから、研修や能力開発が実施されてきたが、連鎖退職についての効果はどうだろうか。聞き取り調査では、会社にいることでスキルを向上させられることが分かるという理由で、効果があることは間違いなさそう。連鎖退職の関連では、退職者増、人手不足がにわかに発生したときでも、個人のスキルアップをしておけば、生産性や効率を落とさず過ごすことが可能だという視点があった。

   厚生労働省が2019年10月に公表した「新規学卒就職者(16年3月卒業者)の離職状況」によると、就職後3年以内の離職率は、大学卒32.0%、短大卒42.0%、高校卒39.2%、中学卒62.4%。新入社員の3分の1から3分の2が、入社3年後までに辞めてしまうのが近年の現状で、また、少子高齢化の影響で、大半の企業で「人手不足感」があるという。人材の確保は「経営戦略上、喫緊の課題」。企業にとっては「連鎖退職」対策も必須の時代になっている。

「連鎖退職」
山本寛著
日本経済新聞出版社
税別850円