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【日韓経済戦争】「パラサイト」アカデミー賞4冠にわく韓国 「日本に勝った!」「ノーベル賞よりスゴイ!」 文大統領は政治利用も......

   韓国映画「パラサイト 半地下の家族」が米アカデミー賞で4冠を達成、韓国中が沸いている。

   特に最重要の「作品賞」「監督賞」は日本も取ったことがないだけに、「日本に勝った!」「ノーベル賞よりスゴイ!」とはしゃぎまくるメディアも。

   一方、文在寅(ムン・ジェイン)政権と保守系の野党の間では、今回の快挙を4月の総選挙に向けて「政治利用」する動きも始まった。どうなっているのか。韓国紙で読み解くと――。

  • 「パラサイト 半地下の家族」((C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED)
    「パラサイト 半地下の家族」((C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED)
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「日本や中国もなしえなかった快挙だ」

   日本よ、それ見たことか!とばかりに「パラサイト」の快挙を誇らしげに伝えるのは朝鮮日報社説(2020年2月11日付)「アカデミーの主要部門を席巻、韓国文化の歴史的成果」だ。

「ポン・ジュノ監督の映画『パラサイト』が、米国アカデミー賞の主要部門を席巻し、世界の映画観客を驚かせた。最高の権威を認められたフランスのカンヌ映画祭でパルム・ドールを取ったのに続き、アカデミーの作品賞と監督賞、脚本賞、国際長編映画賞までさらった。これは、韓国近現代史において1、2を争う文化的成果といえるだろう。韓国より先にアカデミーの門をたたいてきた日本や中国もなし得なかったことだ」

   そして、こう強調するのだった。

「アカデミー映画祭は、米国文化のプライドのような象徴的イベントだ。『白人が作った英語の映画』にこだわってきた。それで、韓国人が韓国語で話す映画がオスカーのトロフィーを取るというのは、ノーベル文学賞の受賞よりも難しい。ポン・ジュノ監督は、こうした高い壁を越え、韓国文化史のみならずアジア文化界とハリウッドの歴史まで変えてしまった」

   朝鮮日報は「ノーベル文学賞」よりスゴイことだというのだ。これは、もちろん、川端康成、大江健三郎という2人のノーベル文学賞を出した日本を意識してのことに違いない。

   これまで、28人のノーベル賞受賞者を出した日本に対する、平和賞の金大中(キム・デジュン)元大統領1人しか出していない韓国の猛烈な対抗心については、J‐CASTニュース会社ウォッチでも、2019年10月12日付「【日韓経済戦争】「悔しい!」「苦々しい!」日本のノーベル化学賞受賞に大ショックの韓国紙 その意外なワケは?」などで、報じてきた。

   「パラサイト」のアカデミー制覇で、一気に留飲を下げた形だ。日本だけではなく、因縁のライバル・中国に勝ったこともうれしいようだ。

   中央日報社説(2020年2月11日付)「韓国映画を越えてアカデミーの歴史まで塗り替えた『パラサイト』」もこう伝える。

「『パラサイト』は世界映画史を塗り替えた。監督賞もアジア監督では台湾のアン・リー監督に続いて2回目だ。しかし、リー監督はハリウッド映画(『ブロークバック・マウンテン』『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』)で監督賞を受賞したため少し違う。韓国映画、ひいてはアジア映画の躍進を見せる快挙だ」

   アン・リー監督の場合は、俳優陣も言葉も資本も制作方式もすべてハリウッドスタイルだから、アジア映画とは言えない。韓国こそ、日本と中国を抜いてアジア映画の王者になったというのだ。

   中央日報はさらに、今回のアカデミー賞受賞に関して、日本に対する皮肉たっぷりの記事も載せた。「日本出身米国人メーキャップアーティスト、日本の記者の質問に『日本の文化が嫌に』」(2020年2月11日)という見出しの記事だ。

「アカデミー授賞式で米国放送局のセクハラ問題の実話を描いた映画『スキャンダル』で特殊メイクを担当したカズ・ヒロさんが2度目のメーキャップ・ヘアスタイリング賞を受賞した。カズ・ヒロさんは2018年にも『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』で同賞を受賞した。カズ・ヒロさんは多くのハリウッド映画で特殊メイクを担当しており、昨年3月に米国籍を取得して改名した」

   しかし、カズ・ヒロさんは「日本に対して一言」という日本の記者の質問に、「こう言うのは申し訳ないのだが、私は日本を去って米国人になった。日本の文化が嫌になってしまったし、日本で夢をかなえるのが難しいからここに住んでいる。ごめんなさい」と答えたのだ。映画を作るうえでの人間関係がイヤになり、日本を飛び出したという。

元朝日新聞女性記者の「韓国映画への熱いエール」

「パラサイト」4冠達成を伝えるハンギョレ(2020年2月11日付)
「パラサイト」4冠達成を伝えるハンギョレ(2020年2月11日付)

   一方、朝鮮日報(2020年2月11日付)「『パラサイト』ポスター『生脚』の謎、解けた」は、逆に「パラサイト」の受賞に関する日本メディアの意地悪な反応をこう批判する。

「海外のネットユーザーたちは『#Parasweep』というハッシュタグを付けてのアカデミー賞受賞を祝った。映画の英題『Parasite』と『(賞を)さらう』という意味の英語『Sweep』の合成語だ。海外のネットユーザーたちはアカデミー賞が『ついに白人映画祭を脱出した』と喜んだ」
「しかし、日本最大のポータルサイト・ヤフージャパンでは『パラサイト のアカデミー作品賞受賞に納得?』というアンケート調査を実施し、物議をかもしている。しかし、日本のネットユーザーの多くは『失礼なアンケートだ』『十分に納得に値する』という反応を見せている」

   確かにヤフージャパンのアンケートを見ると、2020年2月12日午前11時現在、合計投票数1万360人、「納得できる」68.9%、「納得できない」31.1%で、圧倒的に多くに人が受賞に賛成だった。コメント欄を見ても日本人ユーザーから、

「情けない質問だ。恥を知れ! 韓国映画に追いつけ、追い越せという気概がないのか」
「もうやめようよ。何とかして韓国の揚げ足を取ろうとするのは」

などの声が相次いでいる。

   中央日報は、日本人映画ライターによる「パラサイト」称賛の寄稿文を掲載した。筆者の成川彩(なりかわ・あや)さんは元朝日新聞記者だ。10年ほど文化を中心に取材したあと、韓国映画に惹かれ、映画を勉強し直すために新聞社を辞めて韓国に渡った。2020年2月11日付の「コラム:元朝日新聞記者が見た『パラサイト』アカデミー作品賞受賞の意味」は、日本と韓国の映画を比較しつつ韓国映画のパワーを、こう伝えている。

「アジア映画の中で世界的にまず先に注目を浴びたのは日本映画だった。アカデミー賞では1950年代の黒澤明監督の『羅生門』をはじめ、3作品が相次いで受賞した。今の国際映画賞(外国語映画賞)に該当する名誉賞だった。2003年に宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』(長編アニメーション賞)、2009年には滝田洋二郎監督の『おくりびと』(外国語映画賞)なども受賞したが、作品賞はなかった」
「『パラサイト』がカンヌ国際映画祭で受賞したパルム・ドール賞は、日本映画では1954年衣笠貞之助監督の『地獄門』から2018年是枝裕和監督の『万引き家族』まで5回も受賞した。それに比べると昨年の『パラサイト』まで、韓国映画に受賞作がなかったというのはとても遅い感がある」

   成川さんが、新聞社を辞めて「映画を学びに韓国に来た」と言うと、「なぜ韓国に? 日本のほうが映画産業は発達しているのに」と聞く韓国人が多かった。しかし、韓国の映画祭を頻繁に訪れる日本映画関係者は、韓国で映画を学ぶ成川さんを羨んだ。釜山映画祭常連の是枝監督は「韓国の映画人はとにかく若い。活気にあふれる業界の雰囲気は最近の日本では見られないものだ」と話したという。

   そして、成川さんはこう結んでいる。

「韓国では2000年代に入り、映画産業を国家的に支援しながら大学などでも映画を学ぶ環境が作られていった。『パラサイト』だけ見ても、監督の演出力や脚本の面白さだけでなく、セットで撮影したとは信じられないほど精巧なCG技術など、その一つひとつの技術力は世界最高水準だ」
「『パラサイト』のアカデミー作品賞受賞は、これまで韓国映画の多くの努力と情熱がそれを可能にしたという意味で、受賞に値する。韓国映画ファンとしても、同じアジア人としても、心から祝う気持ちだ!リスペクト!」

   韓国映画界には、4冠を取るべくして取る底力があったというのだ。

保守政権で「ブラックリスト」に入っていたポン・ジュノ監督

   さて、「パラサイト」の快挙、韓国国民は熱狂的に喜んでいるが、政界では生臭い風が吹き始めた。文在寅大統領のはしゃぎすぎの裏側を聯合ニュース(2020年2月10日付)「文大統領『国民に勇気』 『パラサイト』アカデミー賞4冠を祝福」がこう伝える。

「文在寅大統領は2月10日、自身のフェイスブックで、『パラサイト』の4冠は、『困難に打ち勝とうとする国民に自負心と勇気を与えてくれた。韓国映画が世界の映画と肩を並べ、新たな韓国映画の100年を始めることになり非常にうれしい』と投稿した。新型コロナウイルスの感染が拡大する状況での受賞は意味深いとの考えを示したものだ」

   聯合ニュースは、さらに文大統領が、

「韓国の映画関係者が思う存分想像力を駆使して、心配なく映画を製作することができるよう政府も協力する。ポン・ジュノン監督の次の計画が気になる。もう一度受賞を祝い、国民と共に応援する」

と強調したことに注目した。

「これは、朴槿恵(パク・クネ)前政権で作成された、政権に批判的な芸術家や俳優ら文化・芸術界関係者や団体を掲載した『ブラックリスト』にポン・ジュノン監督が記載され、活動が制約されたことを考慮した発言とみられる」

というのだ。

   じつは、保守系の朴槿恵政権と、その前の李明博(イ・ミョンバク)政権では国家情報院が政権に批判的で左寄りの文化人・芸術家たちの「ブラックリスト」を密かに作っていた。そして、保守系メディアやテレビ局などを通じて、新聞・雑誌への寄稿、番組出演など活動の場を制限させていた。「ブラックリスト」の存在が明るみに出たのは、左派の文大統領が政権を奪ったあとの2017年9月だ。

   ポン・ジュノ監督は、日本でも大評判になった映画のほとんどが「危険である」としてリスト入りした。たとえば、こうだ。

   「スノーピアサー」:気象異変で凍りついた地球が舞台、生き残った人々を乗せた列車が延々と走る中で繰り広げられる人間ドラマ。限られた空間の中で先頭車両と最後尾車両に分かれた階級の対立を現代世界の縮図として描く(リスト入りの理由=市場経済を否定して反抗を煽っている)。

   「グエムル-漢江の怪物」:在韓米軍が汚染水を川に流したため、巨大な両生類の怪物が出現、人々を捕食する。軍も警察も退治できず、民間人の一家だけが戦う(反米意識を煽り、政府の無能ぶりを強調している)

   「殺人の追憶」:軍事政権下で実際に起こった未解決の連続殺人を捜査する刑事たちを描く(警察を汚職集団と描写、公務員に対する信頼を損ねている)

といった按配だ。

4月の総選挙の駆け引きに使われる「パラサイト」

   朴槿恵政権時代の与党で、「ブラックリスト」をつくる側だった最大野党の自由韓国党は、「パラサイト」がカンヌ国際映画祭でパルム・ドール賞を取った段階では、

「体制転覆の内容をはらんでいる典型的な左派映画など見ない」(同党国会議員)

などと総スカンの態度だった。

   ところが、アカデミー賞4冠を達成したとたん、同党のパク・ヨンチャン広報担当が、手のひらを返すように、

「『パラサイト』が新しい歴史を開いてくれた。何よりも新型肺炎で停滞状況に落ちた大韓民国に伝えられた、恵みの雨のような良いニュースだ」

というコメントを発表したのだった。

   このコメントの中には、新型肺炎対策に右往左往する文政権を非難する意味も込められている。

   文政権の与党・共に民主党関係者は、

「今まで弾圧しておいて、何を言うか!」

とカンカンだ。

   早くも4月に行われる総選挙に向けた駆け引きの道具に「パラサイト」が使われ始めたようだ。

(福田和郎)