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初のアフリカ系大学長が語る「アフリカ系」であることに意味 日本のグローバル化の現状

   新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、海外との人の交流や物流が滞り、グローバル化を見直す機運ともとらえられている。一方、コロナ禍のなか、米国で起きた白人警官による黒人男性暴行死事件は、各国で「人種差別」について意識を高める潮流を生み出した。

   日本で初めて誕生したアフリカ系の大学学長、ウスビ・サコさんの新著「『これからの世界』を生きる君に伝えたいこと」は、それらのことを見越したかのように出版された一冊。サコさんは、日本では真のグローバル化が進んでいないことを指摘。また、アフリカ系である自分が考えたことを率直に語り、新型コロナウイルスや人種問題をはじめ国内外の諸問題について日本人が気づかなかった視点を与えてくれる。

「『これからの世界』を生きる君に伝えたいこと」(ウスビ・サコ著)大和書房
  • 国際的観光地だが、グローバル化は停滞(写真は、京都駅前)
    国際的観光地だが、グローバル化は停滞(写真は、京都駅前)
  • 国際的観光地だが、グローバル化は停滞(写真は、京都駅前)

「アイデンティティが無視され、尊厳がゼロに」

   サコさんは京都市にある「表現の総合大学」という京都精華大学の学長。専門は「建築計画」で、1991年に来日。京都大学大学院の工業研究科に籍を置いた。同科の修士課程、博士課程を修了。2001年から講師として京都精華大学で教えるようになり、その翌年に日本国籍を取得。教授、人文学部長を経て2018年に学長に就任した。

   故郷は、アフリカ西部のマリ共和国。「マリ」というのは、動物のカバの意味という。サコ学長が生まれた「バマコ」という土地の名前が「ワニがいる川」を意味することから「私のプロフィールを日本語でまとめると『カバ共和国ワニ川市出身』となります」などと述べ、すっかり日本になじんだ様子だ。

   マリで国の奨学生に選ばれ高校を卒業すると中国に留学。奨学生に選ばれるほどの優等生であることに加え、マリ国内では比較的恵まれた環境に育ったサコ学長は、それなりに自信をもって外国に飛び出したのだが、意気揚々ぶりはすぐに打ち砕かれる。

   中国に向かう前の立ち寄ったパリでのこと。アフリカ系移民の多くが低賃金で苦しい生活を送っていることを知り、同じルーツを持つ自らもが全否定されたような衝撃を受ける。「道路やトイレを清掃しているのは、アフリカ系の移民ばかり。若い私は、同胞たちたが、わざわざパリに移住してトイレ掃除に従事しているなどとは、まったく想像していませんでした」

   「アイデンティティが無視され、尊厳がゼロになったような気がしました」と振り返るサコ学長。だが、中国へ渡ってからも、さまざまな偏見や誤解に悩まされる。「君の国では、木の上で生活しているの?」。こうした問いは日常茶飯事だった。日本でも似たような経験を何度もしたという。

   「自分は本当に人間なんだろうか。人間として認められているのだろうか」。パリでの経験でこう考え、「尊厳がゼロになった」状態から誇りを取り戻すため、人種を超越した「個」として認められるためにはどうするかを考え、行動するようになったという。

   「私は失われた誇りを取り戻すために、今までがむしゃらに生きてきたのかもしれません」。そして、その「がむしゃら」が後に日本で大学長となる礎になった。

京都の「民泊反対」が示すこと......

   サコさんは、自らのこうした経験もあり、日本で教育に関わるようになってから「グローバル化」に注目するようになった。近年の大学の課題の一つに「学生たちがグローバル化された社会を、どう生きていくか」ということがある。

   「私が必ずお伝えしたいグローバル化の大前提は、『グローバル化』と『国際化』は異なるということ」とサコ学長。国際化は、国と国の関係を表すものであり、グローバル化は国家間の関係ではなく「私たち『個』が中心」。国際化が「20世紀型」であるのに対し、グローバル化は、もっと新しい「21世紀型」と説明する。

   21世紀には、ITの進化で流通する情報量が圧倒的に増えたこともあり、「個」をめぐる多様性(ダイバーシティ)に光が当てられるようになった。性別、人種、国籍、宗教、年齢、学歴、職歴など、さまざまなものが多様であることが認識されるようになった。その中で、「個と個がいかにして違いを認めて共生していく」ことがグローバル化だ。

   新型コロナの影響で人の交流や物流が滞り、国際化が一時鈍くなることはあるかもしれないが、今後、多様性や、さらには不確実性を秘めたグローバル化と向き合うことは避けて通れないことだとサコ学長は言う。

   サコさんの目からは、残念ながら、日本社会では多様性も認識されてはおらず、グローバル化が浸透していないことが「事実」だという。その証の一つが、京都の街なかでみかける「民泊反対」の貼り紙だという。

   反対住民らは、外国人が民家を購入して住むのではなく、民泊施設として提供していることに、「支配されているような恐怖感を覚え、拒否反応を示している」らしい。ただ、そういったことも、「コミュニティが弱体化していることの表れ」で、「異文化を受け入れるだけの基盤が失われてしまっている」とみている。

「外国人が入ってきても共存する自信があるコミュニティでは、わざわざ民泊に反対する理由がありません」

   日本のグローバル化のポイントは「メタモルフォーゼ」という。「メタモルフォーゼ」は「変化、変身」という意味だが、サコ学長は「自分自身を保ったまま、社会に適応した自分をつくる」、「中身を維持し、外側を変化させていく」という意味で使う。

   異なる社会や文化背景の人たちとかかわるときに、それを拒否するのではなく、「まったく異なる視点を持つ自分」を意識し、相手もそうであることを認識することが大切と説く。自身は日本国籍を取得したが、決して日本に同化したわけではないという。

「『これからの世界』生きる君に伝えたいこと」
ウスビ・サコ著
大和書房
税別1400円