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神保町で触れる中国文化の音色【Vol.21 蘭花堂】

   地下鉄の神保町駅を出て、水道橋方面に進み路地に入る。赤茶色のビルの1階に、静かに店を構えるのが「蘭花堂」だ。中国関連の書籍や美術品などを扱うこの店は、1989(平成元)年に神保町で開業した。

   店内は中心に応接用の椅子が置かれ、壁には中国美術や中国語などの本が大小さまざまに並んでいる。店の一角には大きなガラス棚があり、印章や陶器などの美術品が陳列する。店主の中村百合子さんにお話をうかがった。

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「蘭花堂」は中国関連の書籍や美術品を扱う

中国ブームのなか、夫婦で始めた「蘭花堂」

   中村百合子さんが中国文化に触れたのは、大学で中国語を専攻したことがきっかけだった。当時は日中の国交回復(1972年9月)前、近くて遠い大国であった中国に興味を引かれた。

   中国の経済成長とともに百合子さんの身につけた中国語の需要も高まる。大学卒業後結婚し、母となった百合子さんは独立。中国語の翻訳会社を一人で立ち上げた。「当時は育児もしながら、無我夢中で働きましたね」と振り返る。

   限界まで働き詰め。働き方を見つめ直した時に夫婦で思い立ったのが、この「蘭花堂」であった。

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夫婦で始めた「蘭花堂」

   夫の中村愿さんは、岡倉天心や中国美術・歴史の研究家であり、いくつもの著書を持つ。店はご夫婦二人で力を合わせて立ち上げた。執筆活動に専念したいと、徐々にお店は百合子さんと息子の光宏さんで運営するように。

   「初めは中国美術書の専門店として店を始めました。当時は国内に資料も少なく、骨董品を買われる方向けに販売していました。お客様とのつながりも増え、徐々に書画などの美術品も取り扱うようになったんです」

   研究者や大学の先生などもお店に足を運ぶ。古書店としては珍しく、市場で商品を仕入れていないという。

   「長い付き合いのお客様が蔵書を手放されるときなどは、うちで買い取らせてもらっていますね。その方々の持っていた専門書などが、また次の世代の手に渡るのを仲介しているような感じ」

   と話す。

   そうして扱うジャンルは徐々に増えていき、現在は中国の原書だけでなく日本語で書かれた専門書なども扱うようになったそうだ。

二胡の個人レッスンも開く

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ガラスケースの中には美術品や二胡が並ぶ

   蘭花堂の特徴的な商品の一つに、中国の楽器「二胡」がある。ガラスケースに数挺の二胡が、ずらっと並ぶ様子は迫力がある。こちらは中国の販売店に赴き、実際に目で見て厳選した本格的な品だ。

   店内では光宏さんが指導する個人レッスンを受けることができる。

   「二胡は不思議な楽器で、弾く人の心の状態が強く反映される、奥深い楽器です。私も15年以上やっていますが、なかなか上達しないんです(笑)二胡の響きは人間の声のような繊細な趣があって、とても魅力的なんですよ」

   音楽を通して中国文化に触れられるのも、蘭花堂ならではの魅力だ。

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中国の代表的な楽器の一つ、二胡。二本の弦を弓で擦って鮮やかな音色を奏でる。

   今はコロナ禍の影響で現地での買い付けが難しく、海外からのお客様も来られない状況が続いている。しかし百合子さんには、新たな気づきもあったそうだ。

   「若い頃からずっと中国文化を追って、そのことで頭をいっぱいにして来ました。けれど一度立ち止まると、最近は日本古来の芸能や美術も素敵だなぁとやっと感じるようになって」 と、笑いながら話す。

   朗らかな笑顔で、丁寧に質問に答えてくださった百合子さんからは、中国と日本の距離を感じさせない柔らかく大きなお人柄が感じられた。海外旅行が難しい昨今でも、蘭花堂に足を運べば気持ちだけは自由に中国へ羽ばたかせることができるのではないだろうか。

(なかざわ とも)