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これは意外!「菅首相応援団長」の産経新聞・フジテレビが「尾身発言は正しい」と称賛するワケ

   「尾身の乱」に、政府がてこずっている。

   政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長の「東京五輪批判」がどんどんエスカレート。ついに、IOC(国際オリンピック委員会)に「直訴」するという動きに出た。

   そこへ意外な「援軍」が現れた。これまで東京五輪開催については、菅義偉首相の強硬路線の「応援団長」と見られていた産経新聞とフジテレビのグループだ。いったい、どういうことか――。

  • 東京五輪は開けるのか!?(写真は、新国立競技場)
    東京五輪は開けるのか!?(写真は、新国立競技場)
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「ワクチン接種が進んでも効果が出るのは秋以降」

   政府分科会の尾身茂会長の、東京五輪の開催に対する批判発言が、連日ヒートアップしている。主要メディアの報道によると、2021年6月2、3、4日には衆議院厚生労働委員会などで、野党議員らの質問にこう答えていた。

「パンデミックでの開催は、普通はない。それでも開催するなら、なんのために開催するのか、その意義を国民が納得できるように丁寧に説明しないと、協力しとうという気が起こらない」

   ところが、6月7、8日の参議院厚生労働委員会などに場が移ると、「普通はない」という言葉が「普通ではない」(=異常だ)という強い表現に変わった。さらに、こう踏み込んだのだ。

「本当にやるのであれば、緊急事態宣言の中での、オリンピックなんて絶対に避けること。一生懸命、自粛している所にお祭りという雰囲気が出た瞬間をテレビで見て人々がどう思うか」

と、怒りを込めた。

   また、菅義偉首相らが野党議員らの質問に、

「(東京五輪の開催の頃には)ワクチン接種が進んでおり、感染状況が改善している」

という見方を示すと、尾身氏は「夏までに集団免疫の達成はできない」と突き放した。こう答えたのだ。

「まだ7月とか8月の段階でワクチンの接種率が少し上がったとしても個人のプロテクション(予防)はできるが、それによって感染のレベルが抑えられ、集団免疫みたいな考え方、それはとても早すぎると思います」

   そして、分科会の有志のメンバーでまとめる東京五輪・パラリンピック開催に伴う感染リスク評価の提言については、こう述べたのだった。

「国際オリンピック委員会(IOC)にも日本の状況を知ってもらい、理解してもらうのが大事だ。(提言を出す時期は)6月20日前後にIOCは重大な決断をすると理解している。それよりも前に出したいが、私はIOCに直接のチャンネルを持っていません。どこに我々の考えを出すか考慮中ですが、出した人から、IOCにぜひ、我々のメッセージを伝えていただきたい」

と、悲壮感を漂わせながら毅然と語った。

   これは、菅首相ら政府首脳を前に、「あなたたちは頼りにならないからIOCに直訴する」と言っているに等しい。

   メンツをつぶされた形の菅首相は、野党議員の「なぜ分科会に東京五輪開催に伴うリスク評価を正式に諮問しないのか」という再三にわたる質問に、

「分科会は感染拡大や感染状況について対応するところだ。緊急事態宣言をする場合に、分科会に諮って決めている」

と述べるにとどまった。

「五輪中止」の朝日新聞社説を罵倒した産経新聞

尾身茂会長の最後の訴えはIOCに届くだろうか
尾身茂会長の最後の訴えはIOCに届くだろうか

   こうした菅首相の木で鼻をくくったような対応に、激しく糾弾する社説を掲載したのが産経新聞だ。6月8日付の【主張】(社説)「東京五輪 首相は尾身発言に答えよ スポーツ界の快挙見過ごすな」がそれだ。通常の「主張」の2倍のスペースを使っている。

   産経新聞といえば、こと東京五輪に関しては、菅首相の開催強硬路線を一貫して全面的に支持してきた。今年4月以降に感染第4波が拡大、東京五輪中止論が勢いを増した際も、防波堤の役目を果たす論陣を張ってきた。

   組織委員会が五輪選手に優先的にワクチンを接種するという動きに出て、世論から「高齢者の接種もまだなのに元気な若者を優先させるのか」と猛反発を受けた際には、「社説:五輪選手の接種 安全開催に国民は理解を」(4月19日付)と擁護した。

   感染拡大により「無観客での開催」論が出始めると、「社説:『無観客』の前に手を打て」(5月1日付)と、まだまだあきらめるな!と叱咤激励した。

   池江璃花子選手への「五輪中止のために声をあげて」という投稿が問題になると、「社説:五輪批判 選手への攻撃は許せない」(5月16日付)と激怒した。

   IOCが日本の五輪選手にもワクチンを供給すると発表したときは、すぐさま「社説:五輪にワクチン『無償提供』を歓迎したい」と、「優先接種か」という批判に気兼ねすることなく、堂々とワクチンを接種せよと呼びかけた。

   4度目の緊急事態宣言がさらに延長されると、「社説:東京五輪開催の努力あきらめるな」(5月28日付)と檄を飛ばした。

   そして、主要紙では初めて朝日新聞が社説で「五輪中止の決断を首相に求める」として「五輪中止」を打ち出すと、1面のコラム「産経抄」(5月27日付)で「朝日の言い様は、五輪に関わるすべての人たちへの冒涜(ぼうとく)である」と罵倒したのだった。

産経新聞「尾身発言は正しい。首相は真面目に応えよ」

尾身茂会長の提言に無視を決め込んだ菅義偉首相
尾身茂会長の提言に無視を決め込んだ菅義偉首相

   これほど「菅首相応援団長」に見えていたのに、産経新聞は何に憤っているだろうか。6月8日付主張(社説)を読むと――。

   まず、冒頭に、

「月曜の朝は快挙で明けた。女子プロゴルフの最高峰、全米女子オープンで日本の笹生優花と畑岡奈紗がプレーオフを戦い、笹生が優勝した。ギャラリーに囲まれたグリーンで抱き合い、健闘をたたえ合う2人の姿が美しかった」

と、スポーツ界の快挙ラッシュを称賛する。女子ゴルフの笹生優花、スケートボードの男子・堀米雄斗と女子・西村碧莉がアベック優勝、陸上男子100メートルの山県亮太の9秒95の日本新記録、体操・内村航平の五輪代表決定......などだ。すべての快挙に共通するのは東京五輪への思いの深さだという。彼らは競技と感染症対策の両面で実績を積み、結果を出した。菅首相は彼らの思いに答えろと、叱咤する。

「尾身茂会長が国会で『本来はパンデミックで五輪をやることが普通ではない』と述べて波紋を呼んでいる。発言は『やるのなら、強い覚悟でやってもらう必要がある』と続き、感染対策の徹底を訴えたものだ。尾身氏の立場からいえば発言は正しい。ウイルスの感染抑止のみを考えれば、ベストの選択は五輪の中止である」
「ただしそれは、プロ野球やJリーグ、映画、芝居についても同様だ。すべてを止めれば、社会そのものが停止する。何を動かし、何を止めるか。専門家の意見を聞き、決断するのは政治の役目だ。尾身氏の発言の中で、最も首肯すべきは『五輪をこういう状況の中で、いったい何のためにやるのか、はっきり明言することが重要だ』と述べたことだ。菅義偉首相に向けた言葉だ」

   そして、産経新聞は菅首相の言動を問題視する。

「菅首相は東京五輪について問われ、『まずは緊急事態宣言の解除に全力を挙げたい。国民の命と健康を守ることが開催の前提条件だ。前提が崩れれば行わないということだ』と述べた。これでは『何のために』という尾身氏への答えになっていない。こうした答弁が続くようでは、いよいよ国民の心は五輪から離れてしまう。東京五輪の意義について、開催国の首相としてしっかりと語ってほしい」

   内村航平選手は「(五輪ができるか、できないかでなく)どうやったらできるか、皆で考えてほしい」と語り、「選手のエゴだ」「五輪ありきは許されない」と大バッシングを受けた。産経新聞はこう結ぶ。

「選手を批判の矢面に立たせてしまった反省も政府に求めたい」

と、菅首相に「なんのためにやるのか」という尾身氏の問いに真正面から答えるべきだと注文をつけたのだった。

フジテレビ「尾身氏は国民の声を代弁している」

   フジテレビ系のインターネットニュース「FNNプライムオンライン」(6月8日付)の「〈五輪は絶対〉の政府と世論の溝 菅首相は『コロナ禍で開催の意義」をどう発信すれば国民の理解を得られるか』」も、フジテレビ政治部首相官邸担当の亀岡晃伸記者が、菅首相に対する厳しい批判記事を載せた。

「去年、安倍晋三前首相がIOCとの電話会談で1年間の大会延期を決めて以来、政府は『五輪は絶対に開催する』との方針の元、開催に必要な対策を感染状況の変化に応じて更新して体制を整えていく姿勢を貫いている。そこには『どういう状況であれば大会を開催しないのか』という判断基準がなく、その必要性を指摘する声も政府内になかった。むしろ去年、安倍前政権の高官が『日本が中止の可能性に言及した途端、開催に向けた流れが一気になくなる』と吐露した危機感が、今も政府内で継続している」
「それゆえ『政府はコロナの感染状況に関わらず大会の開催ありきの姿勢だ』と多くの国民が感じ、政府を信頼し切れていない。尾身会長の今回の発言は、そうした国民の声を代弁して政府の姿勢に疑問を突きつけた。政府は6月20日までが期限の10都道府県への緊急事態宣言を予定通り解除した後も、感染防止策を徹底し続けた上で7月23日の開会式に繋げるプランを思い描く」

   亀岡記者によると、政府のホンネは、少なくとも緊急事態宣言下での上限である、収容人数の50%までは観客を入れて開催を目指したい考えだ。だが、「東京大会の成功」に欠かせないのはやはり国民の理解と納得だ。大会まで残り50日を切る中で、政府がどのような発信をしていくかが焦点になってくる。

「10都道府県への緊急事態宣言を解除する際には、菅首相の会見も合わせて行われる。そこで菅首相がコロナ禍での大会開催の意義や開催時のメリットとデメリット、そしてそのデメリットの軽減のために政府が講じる対策を説明し、国民の疑問に対して真正面からの答えを尽くした先にしか、大会開催に向けた世論の機運醸成は望めない。日本国民がどのような形で大会に関わっていこうと思うのか、思わないのか。ぜひ菅首相には国民の不安を払拭するような納得のいく説明を期待したい」
「オミの乱」を報じるロイター通信電子版(6月2日付)
「オミの乱」を報じるロイター通信電子版(6月2日付)

   海外メディアの多くが「尾身の乱」を取り上げた。その一つロイター通信(6月2日付)「Adviser frets about Japan Olympics, volunteers reported quitting」(助言者はオリンピックを心配し、多くのボランティアがやめたと報告した)と、「not normal」(普通でない事態)について、こう伝えている。

「政府の最高医療顧問であるシゲル・オミは、これまでで最も強い警告として、『五輪の主催者は、我々がなぜ前に進まなくてはならないのか説明する必要がある』と述べた。彼の発言は何千人ものボランティアが事前にやめたという報告の中で行われた。オミは、東京の緊急事態宣言の中、レストランがアルコールを販売せず、ほとんどの場合、午後8時までに閉店するのに、なぜ、医療体制の破綻を招くお祭り騒ぎをするのか、わかるように説明してほしいと訴えた」

   そして、ロイター通信はこう結んでいる。

「穏やかな話し方のオミの異常に厳しいコメントは、首相のスガら主催者たちが『安全で確実なゲームができる』と世界を安心させてきたものとは対照的だった」

(福田和郎)