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【6月は環境月間】神をも恐れぬ...... 人間が「気候を操作する」気候工学とは何か?

   6月は環境月間だ。環境を保全するためにどうしたらいいのか。最近、よく耳にする「SDGs」とは何なのか? 6月は環境に関する本を紹介しよう。

   本書「気候を操作する」の過激なタイトルに目を引かれて、手にした。副題には「温暖化対策の危険な『最終手段』」とある。人類は、とうとうそこまで来てしまったのか?

   あまり日本では知られていない「気候工学」の最前線を紹介した本である。

「気候を操作する」(杉山昌広著)KADOKAWA
  • 大雨もコントロールできる!?
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「太陽放射改変」も実験レベルに

   進む地球の温暖化。止まらない気候変動。温室効果ガス排出量ゼロなど、各国が対策を打ち出すが、最新の研究が示すのは、「これらの対策では、温暖化が止まらない」という事実だ。そんな中、欧米を中心に注目を集めている最新技術が「気候工学」である。

   著者の杉山昌広さんは、東京大学未来ビジョン研究センター准教授。専門は気候政策、ジオエンジニアリング(気候工学)のガバナンス。著書に「気候工学入門」(日刊工業新聞社)がある。

   地球温暖化を止めるには、少なくとも主要な温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の排出量を、現在の約400億トンからゼロにしなければならない。さらに過去の排出量を帳消しにするのであれば、大気から二酸化炭素を回収する必要性すらある。だが、世界の二酸化炭素排出がゼロに向けて減る気配はない。

   そこで浮上してきたのが、「大気から直接二酸化を回収する技術」と「直接、気候を冷却する技術」だ。これらは「気候工学」と呼ばれるもので、本書では「人工的に直接的に気候システムに介入し、地球温暖化対策とすること」と定義している。

   二酸化炭素の除去に関しては、植林やバイオマス・エネルギーを利用する方法がある。だが、大量のバイオマスを供給するには広い面積の森林が伐採されなければならないという問題がある。

   アルカリ性の物質を使い、弱酸性の二酸化炭素を吸収する、直接空気回収という方法がある。しかし、原子力潜水艦や宇宙ステーションといった小規模なものでしか実現が難しかった。

   そこでスイスのクライムワークスなどスタートアップ数社が、直接空気回収の技術を開発しているという。小規模な実証プラントが作られている。1日に2.46トン、年間900トンの回収を行っている。規模を拡大できるのか、コストを下げられるのかという問題がある。さらに、二酸化炭素除去が知られると排出量削減への関心が削がれるという問題も指摘している。

   一方、「直接、気候を冷却する技術」として注目されているのが、「太陽放射改変」だ。太陽光を宇宙に反射して地球に入るエネルギーを減らすことで地球を冷却する。曇りの日は晴れの日より気温が低いのと同じ原理だ。

   もっとも効果が確実視されているのが、成層圏に浮遊性の微粒子(エアロゾル)を注入する方法だ。大規模火山噴火を真似て、航空機などを使い高度20キロメートル程度の上空大気にエアロゾルを注入し、地球全体の反射率を上昇させる。

   モデルとして、火山噴火による気温の低下に関する自然科学的な研究が進められてきた。1991年のフィリピンのピナツボ火山の噴火は、地球全体を0.5度程度冷却したという。コンピューターの中でさまざまなシミュレーション実験が行われていることを紹介している。

日本は「環境後進国」

   日本のチームも参加した国際共同プロジェクトの結果、成層圏エアロゾル注入は冷却効果があること、ただし、熱帯あたりは冷えすぎるむらがあること、また中止すると気温上昇することなどが検証されている。

   成層圏エアロゾル注入は、コンピューターを用いたモデル研究から一歩進んだ屋外での小規模な実験が計画されているという。ハーバード大学の教授らが進めている「スコーペックス」プロジェクトを紹介している。日本語では、「成層圏制御下摂動実験」といい、ビル・ゲイツ氏からも研究資金を受けているそうだ。

   約100グラムから2キログラムのエアロゾルを気球から投下する計画だ。仮に硫酸エアロゾルを使った場合、一般的な民間航空機が1分間に排出する硫黄の量より少ないので、その規模の小ささが分かる。今年6月、実験装置の動作試験のためスウェーデンの宇宙センターから打ち上げられる。

   杉山さんは、現時点では存在しない技術であり、「使い方の未来シナリオ次第で、よい技術でも悪い技術にもなり得る」と評価している。こうした技術には適切な科学技術ガバナンスが必要であり、人々の意見を反映していくことが望ましい、としている。

   本書では、最後に人が気候を操れるようになったらどうなるか、3つのシナリオを示している。

1 平和裏の気候工学実施に続くアフリカでの大干ばつ
2 気候危機に間に合わない気候工学
3 単独実施による地政学上の緊張

   シナリオ3は、アメリカが単独で実施し、欧米や日本の研究機関が地球の冷却効果を確かめるが、中国とインドで大規模な風水害が発生し、アメリカを糾弾するというものだ。

   どれもあまり望ましくないものだが、杉山さんは気候工学を望ましい形で選び取ることの難しさを指摘している。 2019年12月の国連気候変動会議で、日本は地球温暖化対策について後ろ向きな国に授与される「化石賞」を受賞した。省エネルギーや「もったいない」、ごみ分別の個人の努力と環境対策は別だ、と杉山さんは厳しく述べている。国全体で環境に貢献するには、法律などの政策的な対応か、技術的な対応が必須だというのだ。それでなければ、日本はずっと「環境後進国」であり続ける、と結んでいる。(渡辺淳悦)

「気候を操作する」
杉山昌広著
KADOKAWA
1870円(税込)