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【6月は環境月間】われわれは毎日、生物多様性のお世話になっている!

   6月は環境月間だ。環境を保全するためにどうしたらいいのか。最近、よく耳にする「SDGs」(持続可能な開発目標)とは何なのか? 6月は環境に関する本を紹介しよう。

   環境問題について語るとき、よく耳にするのが「生物多様性」という言葉だ。なんとなく「生物多様性は大切です」と思っている人が多いだろう。

   地球上には、わかっているだけで190万種、実際は数千万種もの生物がいる。その大半は人間と直接の関わりを持たない。しかし、私たちは多様なこの生物を守らなければならない。それはなぜなのか。本書「生物多様性」(中央公論新社)は、その疑問に答えた本である。

「生物多様性」(本川達雄著)中央公論新社
  • サンゴ礁は種が多い
    サンゴ礁は種が多い
  • サンゴ礁は種が多い

株式と同じ「ポートフォリオ効果」

   著者の本川達雄さんは、「ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学」などの著書で知られる生物学者で東京工業大学名誉教授。専門はナマコなどの動物生理学。「生物多様性は守るべき価値がある」というのは環境倫理学の領域であり、専門外のことに口を出すべきではないと思ったが、「口をつぐんでいればいいと放っておくには、許されない事態になっている」と、本書を執筆したそうだ。

   生物多様性が高いと、人類に役立つ「生態系サービス」がぐんと良くなるから、生物多様性は大切なのだ、と冒頭で説明している。生態系サービスには4つのジャンルがある。供給サービス、文化的サービス、基盤サービス、調整サービスだ。なかでも、空気や水や土やエネルギーや栄養という、人間を含めた生物が存在するための基盤となる環境を、今ある形に保ってくれているのが生態系であり、この生態系の機能を基盤サービスと呼ぶ。

   主役は植物だ。種が多様だと光合成による生産量が増える。また植物は水や土壌も提供してくれる。

   調整サービスとは、他の生物や環境から、人間社会に対して加えられる悪い影響を、生態系が和らげてくれるサービスだ。その例として挙げているのが遺伝的多様性の重要性である。

   アイルランドで1845年から4年にわたって大飢饉が起きたのは、主食だったジャガイモの疾病が原因だった。ジャガイモは16世紀末にアメリカ大陸からヨーロッパにもたらされた。種芋から殖やせるため、すべて同じ親由来になりがちで遺伝的多様性に乏しくなり、病気の大蔓延につながった。200万人が餓死、100万人が米国へ移住した。その後、南米各地から野生種を集め、ジャガイモの遺伝子の多様性を保つようにしたそうだ。

   種の多様性によって生態系が安定する仕組みとして、株式の世界と同じ「ポートフォリオ効果」が考えられる。多数の銘柄に分散させて投資すれば、どれかは上がり、どれかは下がるので、利益の変動は小さくなる。それと同様で、たくさんの種がいれば、変化は小さくなって生態系は安定するということだ。

「生物とはずっと続くようにできている」

   ところで、陸では熱帯雨林、水界ではサンゴ礁で種が多い。地球上のすべての種の3分の2から4分の3が熱帯に住んでいる。なぜなのか――。代表的な仮説を紹介している。

(1) エネルギー説 低緯度は日差しが強いので植物の光合成が多くなり、食べ物がたくさんあるから多くの種を養えるという説。
(2) 高温説 気温が高ければ生物の代謝速度が上がり、早く成長し、すばやく世代交代するから、新たな種に分化し、種が多くなるという説。
(3) 通年気候安定説 熱帯はどの季節にも同じ餌となる生物がいるから、いろいろな餌に対して専門に食べる種が誕生して、種が多くなるという説
(4) 歴史的気候安定説 歴史的に気候が安定して絶滅ということがなかったからという説

   これらが複合して熱帯には多くの種がいると説明している。

   この後、進化による多様化の歴史を振り返り、本川さんは「生物とはずっと続くようにできているもの」とみなしている。

「地球の歴史は46億年。生物の歴史は35~40億年と言われています。そんな長い間途絶えることなく続いてきたのです。これは、生物がずっと続くようにできている何よりの証拠でしょう。現在いる生物たちは、細菌であれ植物であれ、われわれ哺乳類であれ、共通の遺伝暗号を用い、共通の限られた数のアミノ酸を使ってタンパク質をつくりと、基本的な部分はみな共通です。だから今の生物すべては共通の祖先に由来することは確実であり、誕生以来35億年以上にわたり、生物は途切れることなく続いてきたと考えて間違いありません」

   生物多様性は、いま急速な勢いで失われている。このままでは次の世紀までに鳥類の12%、哺乳類の25%、両生類の少なくとも32%が絶滅すると危惧されている。人類の活動が絶滅の要因であるとして、1992年リオデジャネイロの国際環境開発会議(地球サミット)で生物多様性条約が提案され、日本も翌年、この条約を結んだ。その目的は3つだ。

(1) 生物の多様性の保全
(2) その構成要素の持続可能な利用
(3) 遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分

   ここには南北対立があるという。生物多様性の減少をもたらしている原因は南の貧困と人口増加、北の資源の使いすぎだ。

   本川さんは最後に、生物多様性を実感するには沖縄に行き、サンゴ礁の海に潜り、西表島の森の中にじっとたたずむことを勧めている。そうすれば、自然観も人生観も変わると。

   シンガーソングライターでもある本川さんがつくった「生物多様性おかげ音頭」が、本の最終ページに載っている。1番の歌詞を引用しよう。われわれ人間は毎日、生物多様性のお世話になっているのだ。

♪ ハアー 米麦たべもの たてもの檜
絹なら着物で 青黴くすり
飼えば可愛い 犬 猫 小鳥
心をなごます 四季の花 ソレ
多様な生物 多様な生命(いのち)に
毎日毎日 お世話になってます

(渡辺淳悦)

「生物多様性」
本川達雄著
中央公論新社
968円(税込)